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世界一長尺なカーボンナノチューブフォレストの成長に成功【早稲田大学】
2020年10月27日
世界一長尺なカーボンナノチューブフォレストの成長に成功
~14cmを実現する新規成長方法の開発~
発表のポイント
・カーボンナノチューブ(CNT)は優れた物性を持ち、様々な分野での応用が期待されているが、
長尺に成長させることが難しく、実用化を妨げる要因となっている。
・高い数密度で成長可能なCNTフォレストの成長において、これまで2cm程度が最長であったが、
今回新たな成長方法を開発することで14cmの成長を可能にした。
・CNTを大量合成する新たな手法の開発や、新しい材料として長尺CNTを用いた応用技術の
開発などが期待される。
早稲田大学理工学術院総合研究所の杉目 恒志(すぎめ ひさし)次席研究員は、静岡大学工学部電子物質科学科井上研究室と共同で、カーボンナノチューブ (以下、CNT)(※1)の新たな成長方法を開発し、従来最長の2cmを7倍長くした14cmのCNTフォレストの成長に成功しました。CNTは軽量で強靭でありながら高い電気伝導性や熱伝導性を持つ素材として、様々な応用が期待されています。枯渇の心配がない炭素で高機能な素材やデバイスが実現できれば、持続可能な社会を実現する技術開発につながります。しかしCNTの長尺化は難しく、その理由の一つとして、成長中の触媒の構造変化によって、速い成長速度と長い触媒寿命の両立が困難であることが分かっていました。
本研究では、ガス中に鉄(Fe)とアルミニウム(Al)の原料を極微量に添加する成長方法を開発し、近年開発された触媒技術と組み合わせることで、早い成長速度と長い触媒寿命を両立させ、長尺成長を可能にする必要条件を明らかにしました。その結果、ガス中へのFeとAl原料の添加が、CNTの成長中に起こる触媒の構造変化を抑える効果があることが確認されました。また、電気特性評価の結果、この長尺CNT密度は銅の1/7と軽量でありながら銅とほぼ同程度の大きな許容電流密度を有することがわかりました。今後、メカニズムなどを更に詳細に解明していくことで、より長尺CNTの成長を可能とする手法の開発につなげ実用化を目指します。
本研究成果は、『Carbon』に2020年10月24日にオンライン掲載されました。
【論文情報】
雑誌名:Carbon DOI: https://doi.org/10.1016/j.carbon.2020.10.066
論文名:Ultra-long carbon nanotube forest via in situ supplements of iron and aluminum vapor sources
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0008622320310368
(1)これまでの研究でわかっていたこと
CNTは炭素のみで構成され、軽量・強靭であり高い電気・熱伝導性をもつことから、
様々な産業・医療分野での応用が期待されています。現在CNTを成長させるには
化学気相成長(CVD)法(※2)が主に用いられており、その際にナノ粒子触媒(※3)が必要です。
基板上に触媒を担持し、高密度なCNT(以下、CNTフォレスト)を成長させる手法は、
長尺なCNTを高効率で得ることが可能な手法として有力です。集合体ではない一本の
CNTを50cm程度に成長させる手法は報告されていましたが、CNTの数密度が10万倍以上である
CNTフォレストの成長においては最長で2cm程度であり、成長の停止が課題でした。
そして成長の停止には、高密度に存在することに由来する触媒の構造変化が大きく
関わっていることが分かっていました。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
今回の研究では、CNTフォレストの成長中に起こる触媒の構造変化を止めることで、長尺なCNTを
成長させることを目指し、新たな成長方法の開発を目的として検討を行いました。その結果、
ガス中に鉄(Fe)とアルミニウム(Al)の原料を微量に添加することで、触媒の構造変化が遅くなり
26時間で14cmのCNTフォレストの成長に成功しました。(図1)
(3)そのために新しく開発した手法
今回、CNTを成長させる通常のCVD法に、有機金属であるフェロセンを鉄(Fe)の原料、
アルミニウムイソプロポキシドをアルミニウム(Al)の原料として、室温にて極微量で供給する
新たな手法を開発しました。この手法を近年開発されたガドリニウム(Gd)添加触媒
(Fe/Gd/Al2Ox)(※4)と組み合わせることで、CNTフォレストの速い成長速度と長い成長寿命を
両立させました。また従来多く用いられているホットウォール型の装置ではなく、
筆者らが開発したオリジナルのコールドガス化学気相成長(CVD)法(※5)を用いることで、
CNT上に堆積する不純物を最小限にし、純度の高いCNTの成長を可能にしました。成長条件の
詳細な検討から、Fe原料はFe触媒が下地に拡散し無くなる現象を防ぎ、またAl原料は触媒の
横方向の構造変化を防いでいることが示唆されました。これらの原料を供給しなかった場合は
成長が1時間程度で止まってしまうのに対し、供給した場合は成長が26時間程度持続しました。
(図2)
図2. ガス中に鉄とアルミニウム原料を入れた場合と入れない場合のCNTフォレストの成長曲線の比較
(4)研究の波及効果や社会的影響
CNTをより効率よく長尺に成長させることができれば、新たな用途の可能性が広がると共に大量生産により
コストが下がることなども期待できます。枯渇の心配がない炭素で強度材料や高機能な素材やデバイスなどが
実現できれば、持続可能な社会を実現する様々な技術開発につながります。
(5)今後の課題
今回の結果によって、触媒構造の変化を抑制することができましたが、そのメカニズムはまだはっきりと
分かっておりません。メカニズムの解明による手法の改良、また更なる長尺成長へ向けて実験条件の
探索と最適化の余地が残っています。今後更なる触媒や成長手法を開発することで、より実用的な
成長手法を開発していくことが課題です。
(6)研究者のコメント
今回これまでに知られていなかったガス中への微量成分の添加という新たな視点により、触媒の構造変化を
抑制することできました。CNTの成長に新たな手法を導入したという点で大きな一歩であると思います。
しかしながら、まだCNTの成長停止を完全に防ぐことはできておりません。より長尺に成長させるために、
今回の手法のメカニズムを詳細に調べ新たな手法の開発につなげることで、より制御が可能なCNTの
成長手法を開発していきたいと考えております。
(7)用語解説
※1 カーボンナノチューブ(Carbon nanotube, CNT)
炭素のみからなる直径がナノメートルスケールのチューブ状の素材。軽量でありながら高い引張強度や
しなやかさを持ち、強度材料や電子デバイスなど様々な応用が期待されている。
※2 化学気相成長法 (Chemical Vapor Deposition, CVD)
炭化水素やアルコールなどを原料とし、化学反応を利用してCNTなどを成長させる方法。
比較的低温成長が可能な手法であり、長尺化や大量生産が可能である。CNTを成長させる際には
ナノメートルスケールの触媒粒子が必要である。
※3 ナノ粒子触媒
直径がナノメートルスケールの金属粒子で、CNTの成長には鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などが
用いられる。
※4 ガドリニウム(Gd)添加触媒(Fe/Gd/Al2Ox)
従来からCNTの成長に有効とされていたアルミニウム酸化物(Al2Ox)上の鉄(Fe)触媒に
ガドリニウム(Gd)を微量添加することで、触媒寿命を延ばした触媒。
参考文献: H. Sugime, T. Sato, R. Nakagawa, C. Cepek, and S. Noda, “Gd-enhanced growth of
multi-millimeter-tall forests of single-wall carbon nanotubes,” ACS Nano 13, 13208-13216
(2019).
(http://dx.doi.org/10.1021/acsnano.9b06181
)
※5 コールドガス化学気相成長(CVD)法
反応する基板や触媒のみを加熱し、ガス温度を低く保つことのできる化学気相成長(CVD)法。
CVD法においては反応管全体を加熱するホットウォール式が主流であるが、ガスも加熱されるため
気相中で化学反応が進行する。本手法ではその影響を抑えることができ、さらにCNTを室温付近に
保つことで、CNT上に堆積する不純物を少なくする効果もある。
参考文献: H. Sugime and S. Noda, “Cold-gas chemical vapor deposition to identify
the key precursor for rapidly growing vertically-aligned single-wall and few-wall
carbon nanotubes from pyrolyzed ethanol,”
Carbon 50, 2953-2960 (2012).
(http://dx.doi.org/10.1016/j.carbon.2012.02.065
)
(8)研究助成
研究費名:日本学術振興会 科学研究費 挑戦的研究(萌芽)
研究課題名:成長停止の制御による長尺カーボンナノチューブフォレスト合成法の開発
研究代表者名(所属機関名):杉目 恒志(早稲田大学)
(9)論文情報
掲載誌:Carbon DOI: https://doi.org/10.1016/j.carbon.2020.10.066
論文名:Ultra-long carbon nanotube forest via in situ supplements of iron and aluminum vapor sources
執筆者名(所属機関名):Hisashi Sugime (早稲田大学)、Toshihiro Sato (早稲田大学)、
Rei Nakagawa (早稲田大学)、Tatsuhiro Hayashi (静岡大学)、
Yoku Inoue (静岡大学)、Suguru Noda (早稲田大学)
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0008622320310368
早稲田大学WEBサイト: https://www.waseda.jp/top/news/70601
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