ニュース
光照射で材料の接着・解離をスイッチ【大阪大学/科学技術振興機構】
2012年1月4日
光照射で材料の接着・解離をスイッチ
-着く、離れる、相手を替える、まるで意思を持ったゲル-
大阪大学 大学院理学研究科の原田 明 教授らは、光照射により分子の形が変わる「ゲスト分子」と、そのゲスト分子と結合する「ホスト分子」をそれぞれ固定した別々のゲルに導入して、これらのゲルがホスト-ゲスト相互作用の強さに応じて特異的に接着し、紫外線を照射すると離れ、可視光線を照射すると再接着する材料集積システムを開発しました。光照射でゲルの集積をOn/Offスイッチ制御できるシステムを構築するとともに、さらにホスト分子が光照射によって変化したゲスト分子の構造を認識して、相互作用のより強いホストとゲストの関係にある組み合わせに切り替わる(スイッチ)挙動を初めてマクロスケールで観察することに成功しました。分子認識に基づくマクロスケールでの自己組織化が光でスイッチできる方法を世界で初めて開発しました。
本研究成果は2012年1月3日(英国時間)に「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域
「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」
(研究総括:入江 正浩 立教大学 理学部 教授)
研究課題名
「自己組織化超分子ポリマーの動的機能化」
研究代表者
原田 明(大阪大学 大学院理学研究科 教授)
研究期間
平成20年10月~平成26年3月
JSTはこの領域で、自己組織化に代表される従来のボトムアッププロセスに、分子レベルでの精緻な機能を利用して自己構造化や自己修復などの新たな手法を取り込んで一段の高度化を図ることによって新規高機能ナノ構造体の創出を目指しています。
上記研究課題では、ホスト分子としてシクロデキストリンや光応答タンパク質、抗体分子を、ゲスト分子として光や酸化還元応答性を有する分子を用いて、そのホスト-ゲスト相互作用を利用してさまざまな自己組織化超分子ポリマー構造体を作り、マクロスケール(リアルワールド)での機能発現を目的に研究を展開しています。
研究の背景と経緯
生体系ではDNAにおける相補的な核酸塩基対形成や酵素による基質認識、抗原-抗体反応など、「分子認識」が重要な役割を果たしています。近年、分子認識を利用して分子と分子を非共有結合でつなげることによりさまざまな超分子錯体が合成され、さらにこれらを自己集合させる研究が行われています。しかし、これらの研究において形成される集合体は分子の大きさであるナノメートルからマイクロメートルの極めて小さなものでした。これらの集合体は高倍率の顕微鏡を使わなければ見えません。分子認識に基づいて手軽に使えるくらいの大きな自己組織体を作り出すことは、ナノテクノロジー分野において、分子を自己組織化させて機能性材料を創製する上で重要な課題です。私たちの目で直接見ることのできる大きさのレベルで「分子認識」の挙動を観察し、さらにこの「分子認識」を利用して大きな物体を接着させたり、ときには離したりできるシステムの実現が望まれていました。当研究グループでは分子認識に基づいてミリメートルからセンチメートルに達するマクロスケールで構造体を自己組織化させる方法を世界で初めて開発しました(1)。この手法により集積したゲルに刺激を与えて(2) ゲルを離したり、再接着させることができれば、さらに高度な構造制御と機能発現が可能になると予想されます。
(1)Harada, A.; Kobayashi, R.; Takashima, Y.; Hashidzume, A.; Yamaguchi, H. Nature Chem. 2011, 3, 34.
(2)Nakahata, M.; Takashima, Y.; Yamaguchi, H.; Harada, A. Nature Commun. 2011, 2, 511.
研究の内容
本研究グループは、ホスト分子としてシクロデキストリン(CD)を、ゲスト分子としてCDが結合する化合物を用いて、そのホスト-ゲスト相互作用を利用して多様な自己組織化超分子ポリマーの構造体を作り、マクロスケールで機能を発現させる研究を進めています。DNAやタンパク質の分子量決定に広く用いられるアクリルアミドゲルを土台にして、今回、このゲルにCDと光応答性のゲスト分子(アゾベンゼン誘導体、Azo)をそれぞれ別々に導入し、ホストゲルとゲストゲル(図1)として用いました。
本研究に用いたホスト分子は、D-グルコースからなる環状オリゴ糖で、6個のグルコースユニットが連結したα-CDと、7個のユニットが連結したβ-CDです。CDの環の内側は空洞で、環を構成するユニット数の違いにより、これらの空洞サイズが異なります。α-CDは直鎖状炭化水素化合物と錯体を形成する他に、trans-Azo(窒素-窒素二重結合を軸として反対側にベンゼン環がある分子)と結合します。β-CDはよりかさの高い分子と錯体を形成することができ、分岐型あるいは環状の炭化水素化合物と結合する他、cis-Azo(窒素-窒素二重結合を軸として同じ側にベンゼン環がある分子)とも強く結合します。今回の実験ではα-またはβ-CDを持つ単量体(モノマー)とアクリルアミドをビスアクリルアミドと共重合することによって合成されたゲルをホストゲルとして、α-またはβ-CDと結合するAzo基を含むモノマーとアクリルアミドをビスアクリルアミドと共重合させたものをゲストゲルとしてそれぞれ合成しました(図1)。合成したゲルは数ミリメートルの立方体として切り出し、α-とβ-CDのゲルを区別するために、それぞれ青色と赤色の色素を用いて染色しました。
α-CDゲルとtrans-Azoゲルを水中で振動させると即座にゲルが接着し、自己集積できることがわかりました(図2aからbへ)。この集積ゲルに365nmの紫外線を照射し、撹拌すると、集積していたゲルが瞬時に解離しました(図2bからcへ)。紫外線照射によって個々のゲルに離れた状態のところに、430nmの可視光線を照射して撹拌すると、離れていたゲルが再び集まって集合体を形成しました(図3)。α-CDゲルとAzoゲルは紫外線照射で解離状態(Off)、可視光線照射で接着状態(On)になり、光照射でゲルの集積をOn/Offスイッチ制御できることがわかりました。
Azoに紫外線を照射すると光異性化により構造がtrans-体からcis-体に変わります。α-CDはtrans-体には強く結合しますが、cis-体との相互作用はとても弱く、約1/60程度でした。一方、β-CDはα-CDに比べて8倍強くcis-Azoと結合します。そこで、β-CDゲル存在下でα-CDゲルとAzoゲルとの集合体に紫外線を照射してから振動すると、どうなるか検証しました。その結果を図4に示します。Azoゲルに接着していたα-CDゲルが全て離れ、代わりに全てのβ-CDゲル(図4の赤色ゲル)がAzoゲルと接着しました。ゲストゲルが接着していたホストゲルのスイッチングが起こりました。このようにホスト分子が光照射によって変化したゲスト分子の構造を認識して、相互作用のより強いホストとゲストの関係にある組み合わせに切り替わる(スイッチ)挙動を初めてマクロスケールで観察することができました。
上記の実験は全てゲストゲルとホストゲルの2種類のゲルを混合し、振動させて、異種ゲル間の接着挙動を観察していました。「ゲスト分子とホスト分子が同一の高分子鎖に固定されていたら、同種のゲル同士が集積できるのではないか」と考え、1つのゲル中にα-CDとAzoがともに固定されたホスト-ゲスト共存ゲル(図5上の構造)を合成しました。合成した黄色のゲルを数ミリメートルの立方体として切り出し、水中で振動すると、これらのゲルはすぐに接着しました(図5下)。この接着したゲル集合体に紫外線を照射し、次に可視光線を照射すると、ゲルの解離と再接着が観察されました。
光刺激を与えると、その刺激に応じてゲルが着いたり、離れたり、さらに相手を組み替える様子は、まるでゲルが意思を持ったように見えます。「ある波長の光をあてるとパーツが離れ、別の波長の光をあてると接着する」特性を利用すれば、必要に応じて光で解体・補修することが可能になります。今後、ゲルのみならず、さまざまな物体の表面に光応答性ゲストや対応するホストを固定することにより、さまざまな材料を光刺激で切り取ったり、つなげたり、配列させることができるようになると予想されます。
参考図
図1 空孔サイズの異なるα-CD、またはβ-CDを高分子側鎖に結合させたアクリルアミドゲル(ホストゲル)と
光応答性ゲストであるAzo分子含有ゲル(ゲストゲル)の構造。
図2 α-CDゲル(青色染色)とAzoゲル(黄色)は水中で振動するだけで接着(a→b)。
この自己集合体に365nmの波長の紫外線を照射し、振動すると瞬時に解離(b→c)。
図3 紫外線照射により解離したα-CDゲルとAzoゲルに430nmの可視光線を照射し、
水中で撹拌することで再び自己集合したゲル。
図4 β-CDゲル存在下でα-CDゲルとAzoゲルの集合体に紫外線を照射した後に振動すると、
Azo-CDゲルと接着していたα-CDゲルが離れ、β-CDゲルが結合し、集合体を形成。
図5 α-CDとAzoが同じ架橋高分子上に共存するゲルの自己集合体形成。
論文情報
“Photoswitchable gel assembly based on molecular recognition”
Hiroyasu Yamaguchi, Yuichiro Kobayashi, Ryosuke Kobayashi, Yoshinori Takashima, Akihito Hashidzume, and Akira Harada (Graduate School of Science, Osaka University) Nature Communications 2012, in press. (doi:10.1038/ncomms1617)
「分子認識により光スイッチできるゲルの集積」
山口 浩靖、小林 裕一郎、小林 亮介、高島 義徳、橋爪 章仁、原田 明(大阪大学 大学院理学研究科)
当論文のサポート情報として実験動画が用意されています。
http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n1/full/ncomms1617.html#/supplementary-information
をご参照ください。
大阪大学ホームページはこちら
科学技術振興機構ホームページはこちら