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青色顔料が高性能アンモニア吸着材であることを発見【産総研】

2016年5月10日

青色顔料が高性能アンモニア吸着材であることを発見
-悪臭除去、PM2.5対策、燃料電池用水素精製へ期待-

 

ポイント

青色顔料のプルシアンブルーのアンモニア吸着能が従来のアンモニア吸着材に勝ることを発見
元素置換や欠陥導入でプルシアンブルーの構造を原子レベルで制御し、アンモニア吸着容量をさらに向上
臭気を感じられないほど低濃度のアンモニアも吸着でき、悪臭やPM2.5の原因物質の除去に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】ナノ粒子機能設計研究グループ 髙橋 顕 研究員、川本 徹 研究グループ長らは、国立大学法人 東京大学【総長 五神 真】大学院理学系研究科化学専攻 大越 慎一 教授と共同で、顔料の一つであるプルシアンブルーが、一般的なアンモニア吸着材より高い吸着能を持つことを発見するとともに、プルシアンブルーの構造を制御して、アンモニア吸着能を高めたプルシアンブルー類似体を合成した。

プルシアンブルーは古くから使用されている顔料の一つである。今回、一般的なアンモニア吸着材であるゼオライトや活性炭よりもプルシアンブルーの方がアンモニアをよく吸着することを確かめた。また、プルシアンブルーに含まれる金属を他の金属で置換するとともに欠陥量を増加させた類似体では、アンモニア吸着量が増加した。さらに、一般的なアンモニア吸着材の場合、低濃度アンモニアの吸着能が低いが、プルシアンブルーは、空気中の「臭わないレベル」の低濃度アンモニアでも吸着できた。プルシアンブルー類似体はいったん吸着したアンモニアを放出させて、再利用できることも確認した。

この技術は、介護施設等におけるアンモニア臭対策、PM2.5の発生抑制技術や、水素燃料中のアンモニアを除去する技術としての利用が期待される。

なお、本技術の詳細は米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyに掲載されるが、それに先立ち、オンライン版(Just Accepted Manuscript)が2016年5月5日に掲載された。


プルシアンブルー(左)と、アンモニア分子を吸着するプルシアンブルーの結晶構造(右)

開発の社会的背景

アンモニアは世界で最も生産されている化学物質であり、主な用途は肥料と繊維などの化学製品の原料である。一方、アンモニアは悪臭物質の一つであり、例えば尿などが分解しアンモニア臭の原因となる。また、大気中のアンモニアは微小粒子状物質PM2.5の原料となる物質であり、農業・畜産業から放散されるアンモニアがその起源と考えられている。そのため、大気に含まれる希薄なアンモニアを除去する技術が求められている。さらに、燃料電池に供給される水素中にアンモニアが含まれると燃料電池の発電性能に悪影響を与えるため、燃料電池自動車用の水素燃料に関する国際規格ではアンモニア濃度を0.1ppm以下とすることが求められている。特に日本では、アンモニアから水素を作る技術の開発を政府として進めており、水素燃料からのアンモニア除去技術は必須である。

現在、一般的なアンモニア吸着材として、活性炭、ゼオライト、イオン交換樹脂などが利用されている。しかし、吸着材によっては再利用困難、低濃度アンモニアの吸着能が低い、高価格など何らかの課題があり、低濃度のアンモニアでも高い吸着能を発揮し、低価格で、しかも再利用できるアンモニア吸着材が求められていた。

研究の経緯

近年、金属と小さな分子から構成され、内部に微細な空間ネットワークを持つ多孔性配位高分子が新たなガス吸着・回収用材料として注目を集めている。産総研では、多孔性配位高分子を利用した有害物質の除去に関する研究開発を行い、特に、多孔性配位高分子の一つであるプルシアンブルー型錯体を用いて放射性セシウムを高効率で吸着させ、植物系汚染物の減容化技術に活用するなどの開発を進めてきた(2012年2月8日 産総研プレス発表)。

今回、プルシアンブルーやプルシアンブルー類似体の構造を利用して、アンモニアガスの除去技術の開発に取り組むとともに、原子レベルでの構造制御によるアンモニア吸着能の向上に取り組んだ。

研究の内容

プルシアンブルーは300年以上の歴史を持つ青色顔料であり、ゴッホや葛飾北斎らも絵画に使用してきた。プルシアンブルーは、鉄イオン(Fe)とヘキサシアノ鉄酸イオン([Fe(CN)6])とが三次元的につながった構造を持ち、内部に約0.5ナノメートル(nm)の微小な空間(空隙サイト)がありアンモニアが取り込まれる(図1(a))。また、プルシアンブルーは、原子スケールで構造制御でき、例えば鉄イオンを他の金属イオンで置き換えたり、ヘキサシアノ鉄酸イオン([Fe(CN)6])が抜けた欠陥を造ることができる(図1(b))。今回、この欠陥にある露出した金属イオン(配位サイト)は、分子と配位結合を生じやすいことに着目し、欠陥をもたせた不溶性プルシアンブルーがアンモニアを高密度に吸着できるかどうか特性評価を行った。配位サイトをできるだけ増やすため、欠陥量をできるだけ増やすとともに、空隙サイトに入ってしまう恐れのあるアルカリ金属イオンの含有量をできるだけ減らすように工夫して、コバルト置換プルシアンブルー類似体(Co[Co(CN)6]0.60、以下CoHCC)と銅置換プルシアンブルー類似体(Cu[Fe(CN)6]0.50、以下CuHCF)の二つの類似体を作製して、プルシアンブルーとともにアンモニア吸着能を評価した。



図1 プルシアンブルー類似体の構造
(a)ヘキサシアノ金属イオン[Mb(CN)6]の欠陥を持たない場合の結晶構造と空隙サイトと、
(b)[Mb(CN)6]の欠陥を持つ場合の内部の空隙サイトと配位サイト。
金属MaとMbが共に鉄の場合、プルシアンブルーとなる。


まず、吸着材の基本性能として、純粋アンモニア中での吸着量を評価した。図2に、アンモニア中にプルシアンブルー、CoHCC、CuHCFを静置した際のアンモニアの圧力と吸着量の関係を示す。従来の吸着材であるイオン交換樹脂、ゼオライト、活性炭については、さまざまな製品を評価比較した文献の、それぞれの種類のうち最も吸着量の高いデータを合わせて示した1。プルシアンブルーのアンモニア吸着量は、1気圧時で1kgあたり12.4モル(211g)という、従来の吸着材よりも高い数値を示した。これは、約1nm³の体積を持つプルシアンブルーの単位格子あたり11個のアンモニアを吸着したことに相当する。さらに、類似体のCoHCC、CoHCFはそれぞれ1kgあたり21.9モル(373g)、20.6モル(351g)という高い吸着量を示した。特にCoHCCは、単位格子あたりのアンモニア吸着量は16.2個であり、推定最大吸着量17.6個の93%を吸着できた。


図2 25 ℃における、アンモニア圧力と吸着量の関係


次に、プルシアンブルーの薄膜を、アンモニア濃度が0.015ppmを示す通常の実験室内に静置して、希薄なアンモニアの吸着挙動を確認した。その結果、プルシアンブルー薄膜のアンモニア吸着量は時間とともに増大し、1kgあたり0.3モル(5.1g)の吸着量を示した(図3(a))。これは大気中に含まれる希薄な濃度のアンモニアを体積換算で約7億分の1に相当するプルシアンブルー内の微小空間に吸着させて閉じ込められることを意味する。このような希薄なアンモニアを吸着できるのは、吸着されたアンモニア(NH3)が、プルシアンブルー内部の水と反応してアンモニウムイオン(NH4+)となり安定化するので、空気中に再放出されずにプルシアンブルー内部に留まるためと考えられる。同程度の濃度のアンモニアが含まれる室内で、プルシアンブルーと図2に示したイオン交換樹脂(Amberlyst)、ゼオライトのそれぞれのアンモニア吸着能を調べたところ、ゼオライトはほとんどアンモニアを吸着しなかった。また、このイオン交換樹脂はプルシアンブルーに近い吸着能を示したが、非常に高価である。これらのことから、プルシアンブルーの優位性が示された。

さらに、アンモニアのプルシアンブルーへの吸着が十分に早く起こることを確かめるため、プルシアンブルーを細い管に充填し、約1ppmのアンモニアを含む空気を、プルシアンブルーと空気の接触時間がわずか2ミリ秒になる速度で通気した。図3(b)に示すように、0.86ppmのアンモニア濃度は管を通過した後、0.036ppmまで低減し、96%のアンモニアを吸着除去できた。さらに、CuHCFとCoHCCについても同様に試験したところ90%以上のアンモニアを吸着除去できた。


図3 プルシアンブルーによる大気中の低濃度アンモニアの吸着挙動
(a)大気中に静置したプルシアンブルー薄膜のアンモニア吸着量。
静置時間と共に増大し24時後には平衡に達している。
(b)アンモニア含有空気を、プルシアンブルー粉末を充填した管に通気した前後のアンモニア濃度の変化。


最後に、今回作製した類似体が吸着材として繰り返し使用できるか確かめた。その結果、CuHCFは大気中の希薄なアンモニアを除去する用途では、希酸で洗浄すると大気中から吸着したアンモニアが脱離し、吸着材として再利用できた。また、CoHCCは純粋アンモニアを吸蔵する用途では、繰り返し利用可能であった。

今後の予定

今回用いたプルシアンブルー類似体は、これまで放射性セシウム吸着材として活用してきた材料と類似のものであるが、放射性セシウム吸着材については粒状体や不織布へ担持したものなど、多様な成型技術がある。今後は、これらの成型技術を用いて豚舎や堆肥舎などアンモニアが放散する可能性のある施設の換気扇に設置し、悪臭やPM2.5原因物質となるアンモニアを除去するプルシアンブルー担持不織布や、水素ステーションに設置できるアンモニアを除去するプルシアンブルーを内面に処理したガス通気管の開発など、プルシアンブルーや類似体をアンモニア吸着材として利用できるよう引き続き開発を進める。また、技術提供先となる企業や共同研究先を広く募集し、アンモニア除去やアンモニア貯蔵の実用化を目指す予定である。

用語の説明

プルシアンブルー
300年以上前から使用されている青色顔料。一般的な組成式はAyFe[Fe(CN)6]・zH₂Oであり、本試験に用いた組成はK0.23Fe[Fe(CN)6]0.74・3.5H₂Oである。

プルシアンブルー類似体
プルシアンブルーと同様な構造を持つヘキサシアノ金属高分子錯体。一般式はAyMa[Mb[CN]6]x・zH₂Oである。今回はMaに銅イオンを用いたCuHCFやMaとMbにコバルトイオンを用いたCoHCCのアンモニア吸着能を評価した。

アンモニア
化学式NH3で表される無色透明な気体で、農作物の肥料や窒素を含む化合物の合成原料として使用される。非常に刺激臭の強いガスであり、人は1ppm 程度という非常に低濃度のアンモニアでも感知できる。また、PM2.5の原料となる主要物質の一つあり、大気中のアンモニア濃度を低減することによりPM2.5の減少が期待される。

PM2.5
大気中を浮遊する粒子状物質のうち、概ね大きさが2.5マイクロメートルのもの。呼吸器系への悪影響が大きいと考えられている。PM2.5の一部は、農地や畜舎から放出されたアンモニアと、工場等から排出された窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)とが大気中で反応して発生する。さまざまなPM2.5原因物質の中で、アンモニアを抑制することが最もPM2.5の発生を抑制できるとの予測もある。

ppm
parts per millionの略称で大気中のガス濃度の単位の一つ。単位は無次元であるが、ガス濃度に関しては一般的には対象となるガス成分の体積とガス全体の体積の比を百万倍にしたものである。例えば、アンモニア1ppmのガス1Lの中には1/1,000,000Lのアンモニアが存在する。

配位
鉄等の遷移金属イオンに、水やアンモニア等の非共有電子を持つ配位子が結合すること。一般的な結合と異なり、結合に関与する2つの電子が配位子側から供給される。

(1) Helminen, J.; Helenius, J.; Paatero, E.; Turunen, I. Adsorption Equilibria of Ammonia Gas on Inorganic and Organic Sorbents at 298.15 K. J. Chem. Eng. Data 2001, 46 (2), 391–399.

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