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リチウム-空気電池の過電圧を低減【産総研】

2015年7月24日

リチウム-空気電池の過電圧を低減

-空気極の触媒としてわずかな水を使用-

ポイント

空気極の充放電の反応機構解明と性能向上を目指して基礎研究を実施
有機電解液に約100ppmの水を加え、空気極に炭素・ルテニウム・二酸化マンガンを使用
空気極の充電曲線の過電圧を大幅に低減

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門【研究部門長 宗像 鉄雄】エネルギー界面技術研究グループ 周 豪慎 首席研究員(兼)研究グループ長(兼)東京大学先端電池材料社会連携講座(以下「連携講座」という)特任教授は、李 福軍 産総研特別研究員(兼)連携講座研究員、筑波大学大学院博士課程 呉 世超、李 得 元産総研特別研究員、張 涛 元産総研特別研究員、東京大学【総長 五神 真】大学院工学系研究科 山田 淳夫 教授(兼)連携講座特任教授、南京大学 何 平 准教授と共同で、水を触媒としてわずかに添加した有機電解液DMSOを用いると、リチウム-空気電池空気極過電圧を大幅に低減できることを示した。

リチウム-空気電池は、空気中の酸素を電気化学反応に利用するため、理論的には現状のリチウムイオン電池よりはるかに高い重量エネルギー密度を持つことが期待されている。一方で、リチウム-空気電池には様々な問題点があり、すぐに実用化につながるような状況にはない。大きな問題の一つに、リチウムと酸素の電気化学反応が理想的には進行しないため、放電時に得られる電圧と充電に必要な電圧の差が約1.0Vと大きくなり、エネルギー効率が悪くなるという点がある。

今回、空気極の充電・放電の反応機構の解明と過電圧の削減を目的とする基礎研究において、空気極に炭素・ルテニウム・二酸化マンガンを用い、有機電解液DMSOにわずかの水(=約100ppm)を加えると、充電過電圧が約0.21Vまで大幅に縮小し、放電時に得られる電圧と充電に必要な電圧の差がわずか0.32Vであることを確かめた。

なお、この成果は、平成27年7月24日18:00(日本時間)に英国の国際科学学術誌Nature Communicationsのオンライン版に掲載される。


開発したリチウム-空気電池用空気極のレート特性(左)と電流密度500 mA/g(=0.25 mA/cm2)での200回の充放電サイクル特性(右)

開発の社会的背景

近年、エネルギー・環境問題を背景として、電気自動車の普及が進んでいる。現在、電気自動車にはリチウムイオン電池が搭載されているが、より長距離を走行できる高性能蓄電池の開発が求められている。そこで、理論的には現在のリチウムイオン電池の約5~8倍の重量エネルギー密度をもつリチウム-空気電池がポストリチウムイオン電池として注目されている。しかしながら、空気極での充電・放電の反応機構がよく分かっていないこと、充電時の過電圧が1.0 V以上の大きな値になってしまうこと、充放電サイクル特性が悪いことなどの問題がある。

研究の経緯

産総研ではこれまで、次世代リチウムイオン電池の実用化を目指して、電極材料をナノ構造化することで大出力化が期待できることを示してきた(2008年8月27日 産総研プレス発表)。また、電気自動車用として大幅な重量エネルギー密度の向上が期待される新型リチウム-空気電池(2009年2月24日 産総研プレス発表2012年11月5日 産総研主な研究成果)の研究開発を行ってきた。現在、次世代蓄電池として、リチウム硫黄電池ナトリウムイオン電池の研究と共に、リチウム-空気電池の研究開発を続けている。

研究の内容

リチウム-空気電池は空気中の酸素(O2)を電気化学反応に利用している。放電する場合には、外部回路からの電子と、電解液中のリチウムイオン(Li+)が、空気極中に拡散してきた酸素と還元反応を起こして、過酸化リチウム(Li2O2)になり、充電する場合には、逆にLi2O2が酸素発生反応を伴って分解し、リチウムイオンと酸素になるのが理想的な反応である。ところが、空気極でのLi2O2酸素発生反応の過電圧が1.0V以上の大きな値になってしまい、その高い過電圧によって空気極に用いられているカーボンや触媒なども腐食されてしまう。そのため、腐食対策として、カーボンフリーの空気極、過電圧対策として、ヨウ素イオンなどの利用が盛んに研究されている。

今回、これまで非水系リチウム-空気電池では、避けられていた水に注目した。今回の測定システムでは、空気極の過電圧を評価するために、負極にリン酸鉄リチウム(LiFePO4)を用い、DMSOにわずかな水(約100 ppm)を加えて有機電解液とし、空気極の触媒には、炭素とルテニウム(Ru)と二酸化マンガン(MnO2)を用いた。この構成の電池では、空気極の上に放電で生成したLi2O2がH2Oと反応して、固体状の水酸化リチウム(LiOH)と過酸化水素(H2O2)になる(Li2O2 + 2H2O = 2LiOH + H2O2)。LiOHは低い電位で、酸素発生反応により分解され、Li+、O2とH2Oになり、また、H2O2もMnO2触媒による酸化還元反応で、O2とH2Oになる。これらの反応で、H2Oは、中間体LiOHを経由して消耗せずに循環して触媒の役割を果たしている。今回の空気極により、空気極のカーボン+Ru+MnO2の重さを基準にした電流密度250mA/gで、充電と放電の過電圧がそれぞれ、0.21Vと0.11Vに低減され、放電時に得られる電圧と充電に必要な電圧の差がわずか0.32Vとなった。更に、電流密度が500mA/gと1000 mA/gの場合も、充電の過電圧が大幅に削減された。また、放電容量1000 mAh/gに規定した充放電サイクル試験では、安定した200回の充放電サイクル特性が得られた。

今後の予定

今後は、リチウム-空気電池の空気極について、構成の最適化、作動環境の検討などを行い、更にDMSO以外の電解液に展開し、リチウム-空気電池の基礎研究を積み重ねて、優れた性能を示すリチウム-空気電池の開発を目指す。

用語の説明

東京大学先端電池材料社会連携講座
東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻では、三菱自動車工業株式会社との共同研究費を原資に「先進電池材料技術社会連携講座」を2010年1月から2015年3月まで設置した。
DMSO
ジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide)という有機電解液の略称。
リチウム-空気電池
金属リチウムを負極活物質とし、空気中の酸素を正極活物質として構成した電池。リチウムは金属のうち最もイオンになりやすく、これを負極として用いると正極との電位差が大きく高い電圧が得られる。またリチウムと酸素はどちらも軽い元素であるため、電池の軽量化や大容量化が期待でき、自動車用電池として研究されている。
空気極
燃料電池や空気電池において、正極活物質である酸素の反応場となる電極。リチウム-空気電池では貴金属や遷移金属酸化物等の触媒と電子伝導性を付与するための炭素材料、それらを金属集電体に固定化するためのバインダーで構成される。
過電圧
実際に測定される電圧と、理論的に計算される電圧との差。
リチウムイオン電池
現行の電池の中で最も高い作動電圧(3~4V)を有し、コバルト酸リチウムに代表される遷移金属酸化物を正極、黒鉛系炭素材料を負極として、有機電解液を構成材料とした電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することにより電池として作動する。1990年代初めに実用化され、電池体積あるいは重量当たりに取り出せるエネルギー(エネルギー密度)が他の電池系に比べ格段に大きいことから、携帯電話、ノートPCなどのモバイル機器の電源として必要不可欠なものとなっている。
重量エネルギー密度
電池の重量あたりに貯蔵あるいは取り出し可能な電気エネルギー量。電気エネルギーは、電池の平均電圧と電池容量との積で表される。この値が大きいほど、一定の電気エネルギーを必要とする際に必要とされる電池の重量が軽減され、実用化に有利である。
エネルギー効率
広義には投入したエネルギーに対して回収(利用)できるエネルギーとの比をさす。ここでは、電池を充電するのに要したエネルギーに対して、放電で得られたエネルギーとの比をさしている。
炭素・ルテニウム・二酸化マンガン
炭素(カーボン)と金属ルテニウム(Ru)と酸化物二酸化マンガン(MnO2)を混合したもので、空気極として使用。
ppm
100万分のいくつかを表す数値。100ppmは、100/1,000,000(百万分の百)。
電流密度
電池の充電と放電時に、電極材料の重さを基準として、その電極に流れる電流を割った値。充電と放電の指標となる。
充放電サイクル
二次電池(充放電を繰り返すことのできる電池)の寿命と安定性を調べるために、充電・放電を繰り返することを充放電サイクルと呼ぶ。
リチウム硫黄電池
硫黄あるいは硫黄を含む混合物を正極、金属リチウムを負極として、有機電解液を構成材料とした電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することにより電池として作動する。理論上は大きなエネルギー密度を有することから次世代蓄電池として注目されているが、負極の安全性と正極に発生する放電生成物の溶解等の問題がまだ解決されていないため、実用化されていない。
ナトリウムイオン電池
リチウムイオン電池の中のリチウムイオンの代わりに、充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へナトリウムイオンが移動することにより電池として作動する。地球上の埋蔵量がリチウムよりはるかに多いナトリウム元素を使っているため、次世代蓄電池として注目されているが、まだ、基礎研究の段階であり、実用化されていない。

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