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人と柔らかく接しながら力仕事を行なう高機能ロボット【理化学研究所】

2015年2月23日

人と柔らかく接しながら力仕事を行なう高機能ロボット
-移乗、起立補助などの研究用プラットフォーム「ROBEAR」-

ポイント

要旨

理化学研究所(理研)理研-住友理工人間共存ロボット連携センター(RSC)ロボット感覚情報研究チームの向井利春チームリーダーらの研究グループは、移乗介助や起立補助など、人との柔らかな接触と大きな力が必要とされる動きをロボットで同時に実現するための研究用プラットフォームとして「ROBEAR(ロベア)」を開発しました。

少子高齢化社会を迎えたわが国では、介護者不足が社会問題化しています。介護の現場ではベッドから車椅子への移乗などの重労働により、多くの介護士が腰痛に悩まされており、ロボット技術による負荷の軽減が求められています。

これまでRSCでは、人間のような腕を用いて移乗介助を行なうロボットとして「RIBA(リーバ)」、「RIBA-II」を開発してきました。今回開発したROBEARは、それらの後継機です。ROBEARでは、小型化と高精度・高出力を実現するアクチュエータユニット[1]と、人との接触状態を検出するための①ひずみゲージ式の力/トルクセンサ、②関節ごとの電流トルク推定器、③皮膚に相当するゴム製の触覚センサ(スマートラバーセンサ)の3種類の力覚系センサ、さらに高出力のインピーダンス制御[2]を採用しました。これにより大きな力を出すと同時に、接触状態に応じた微妙な動作調節や、ロボットの腕で人を挟み込んで保持するような柔らかな動作が可能となりました。また横抱きに加え、立っている人を両腕で支えたり、立った姿勢の人を抱きかかえたり、あるいは起立を補助するなどの複数の抱き方ができます。さらにアクチュエータユニットを中心とした設計の見直しによって、重量を約140kg(RIBA-IIは約230kg)と大幅に軽量化し、 部品点数も約250点(RIBA-IIは約750点)に減らすことができました。

これ以外にも、車輪アームが伸縮可能で支持基底面[3]を変えられる台車、距離画像を用いた人認識、柔軟外装のための切削加工法などの技術も開発して用いています。

今回研究グループが開発した技術により、ROBEARでは人との柔らかな接触と力強い動作が可能になり、大幅な軽量化にも成功しました。今後、介護やリハビリへの応用を目指し、引き続き当ロボットの研究を行っていきます。

※研究グループ
理化学研究所 社会知創成事業 イノベーション推進センター
理研-住友理工人間共存ロボット連携センター
ロボット感覚情報研究チーム
チームリーダー 向井 利春(むかい としはる)
ロボット制御研究チーム
チームリーダー 鈴木 達也(すずき たつや)
ロボット動作研究チーム
チームリーダー 池浦 良淳(いけうら りょうじゅん)

背景

少子高齢化社会を迎えたわが国では、高齢者の増加に伴い介護者不足の問題が深刻化しています。介護者不足を補うため、ロボット技術に大きな期待が寄せられています。特に、ベッドから車椅子への移乗は介護者にとって大きな負担となっています。介護の現場では、1日約40回もの移乗介助を1人の介護士が行っているケースもあり、腰痛の原因にもなっています。

理研-住友理工人間共存ロボット連携センター(RSC)では2009年に腕を用いて移乗介助を行えるロボット「RIBA(リーバ)」を発表しました注1)。さらに、重要な要素技術である触覚センサを改良し、ゴム製の触覚センサ(スマートラバーセンサ)を用いて、床からの抱き上げも可能な「RIBA-II」を2011年に発表しました注2)。今回開発した「ROBEAR(ロベア)」は、これらの技術を継承しながら、新たに、介護現場でよく行われている立った姿勢での抱きかかえ、起立補助、リハビリなどの動作の実現を目標に開発しました。

注1)2009年8月27日プレスリリース 「介護支援ロボットRIBA(リーバ)による移乗作業の実現」
注2)2011年8月2日プレスリリース 「床から車いすへの抱き上げ移乗ができる介護支援ロボット」

研究手法と成果

ROBEAR (図1)は、RIBA、RIBA-IIと同様に、高出力動作が可能なアクチュエータと腕を覆う触覚センサ(スマートラバーセンサ)を搭載しており、ロボットに付き添う介護者の判断を触覚センサへの接触を通して取得し、動作を行います。

ROBEARの特徴は、人との柔らかな接触と大きな力を両立できることです。低減速比[4]でも大きな力を出せるアクチュエータユニット(図2)と、小さな力から大きな力まで多様な状況での検出を可能とする3種類の力覚系センサを組み合わせて用いることで、人と柔らかく接して、必要に応じて大きな力を出すことを可能にしました。

アクチュエータユニットは、ACサーボモータ、ギヤ、モータドライバ、制御・通信基板を一体化したものです。これまでのものに比べ、減速比が10分の1程度の高効率なギヤを用いているため、各関節の回転の速さが2.5~10倍、精度が4~30倍向上し、以前にはなかった、アクチュエータの出力側で受けた力が入力側に伝わるバックドライバビリティ[5]が確保されています。また、ギヤが密閉されているため安全性と清潔性が向上し、さらに、小型化、軽量化、部品点数の削減、静音を実現しました。

ROBEARは人と接しながら動作を行なうので、力覚系のセンサで人との接触状態を検出することが重要です。そこで、①ひずみゲージを用いた「6軸力/トルクセンサ」、②関節のモータを流れる電流から関節のトルク(ねじりの強さ)を推定する仮想的なセンサである「電流トルク推定器」、③皮膚に相当するゴム製の「触覚センサ(スマートラバーセンサ)」の3種類の力覚系センサを採用しました。この3種類のセンサの優位性を生かし、足りない部分を相互補完しながら統合的に使うことで、人と接する時の柔らかさと安全性を確保しています。

両肩に設置した6軸力/トルクセンサは、腕に加わる力を力の大きさに関わらず全て検出できますが(図3(a)、(b))、動作時には慣性力の影響を受けてしまいます。また、同時に複数箇所に力が加わった時には、それぞれを分離して検出できません。電流トルク推定器は各関節の動く方向のみの力を検出するため、腕の先端に行くほど検出できる軸数が減ります。また、減速比が大きいと摩擦の影響が大きくなり腕の根本(肩側)に近づくほど精度が悪くなります。さらに、動作時には動作のための電流が加わるため、加わっているトルクを正確に知ることができず、小さな力は検出できません(図3(c))。触覚センサは、腕の表面全てを覆ってはいないので検出できる範囲が限られますが、その範囲内では小さな力でも検出できます。また、圧力の分布が計測できるので同時に複数箇所に力が加わっても分離して検出できます。しかし、大きな力では出力が飽和してしまいます(図3(d))。すべての特徴をまとめたものを表1に示します。

それぞれのセンサの具体的な使用方法として、小さな力にも反応し、接触位置を取得できる触覚センサを、触覚による動作指示と抱き上げ対象である人の位置や体格に応じて行う動作修正に用いました。また、各関節の動く方向の力を検出できる電流トルク推定器を腕の先端部4軸に設置し、電流トルク推定器では検出が難しい腕の根元部の2軸に力/トルクセンサを設置することで各関節の柔らかさを実現しています。さらに、複数センサの値を照合し正常動作の確認を行えるようにしています。

力を調節しながら行なう動作の例として、両腕で人を支えながら立たせてソファーから車椅子に移す様子を図4に示します。この動作では、ある程度自力でも力が出せる人のサポートを行うことを目的としています。そのため、立ち上がりに必要な力を部分的にロボットの腕でサポートします。この時のサポート割合を示すため、自力で立ち上がった時とROBEARのサポートで立ち上がった時の床に加わる荷重の変化を図5に示します。起立中の力のおよそ半分程度をロボットが担っています。

ROBEARではこれ以外にも、横抱き(図6)や、立った姿勢での抱きかかえ(図7)、サポート用スリングを使った横抱き(図8)による移乗も可能です。これらの動作でも、必要に応じて動作調節や柔らかさを用いています。また、縦抱きの際に歩行に困難がある人のため、足置き補助板(図9)も追加できます。

この他にROBEARで開発した技術として、以下のものが挙げられます。

(1) 切削加工で製作した柔軟外装

これまで、柔軟で複雑な形状の発泡ウレタン製の外装を作るために金型を用いてきましたが、長い製作日数と高コストが問題でした。切削加工で外装を作ることができればこれらの問題が解決しますが、従来は柔軟物を精密に加工すること、特に表面を滑らかに仕上げることは困難でした。そこで、柔軟物加工用の切削工具を開発し、これを可能にしました。ROBEARの外装(図10)製作では、切削加工後に変形に追従する柔軟性を持つ塗料を塗布する方法を用いました。

(2) 支持基底面を変えられる変形台車

ロボットの転倒を防ぐためには支持基底面が大きい方が望ましいのですが、ドアなど狭い所を通るためにはコンパクトであることが求められます。

ROBEARでは、アームの先に車輪を付け、アームを伸縮させることで支持基底面を変えられる台車(図11)を製作しました。台車の4輪はそれぞれホイールインモータで駆動され、また、独立操舵が可能です。この動きの組み合わせで前後進、横移動、その場回転などの任意の動きや、アームの伸縮を行います。

(3) 距離画像を用いた人の検出

ROBEARの頭部には距離画像センサを備えています。距離画像から、ベッド上で寝ている人や座っている人を見つけ、移動方向と距離を求めることが可能です(図12)。これにより、介護者の指示の負担を減らします。

今後の期待

今回研究グループが開発した技術により、人との柔らかな接触と力強い動作が可能になりました。今後、これらの特性を活かした新しい柔軟介護やリハビリ応用を目指し、引き続き当ロボットの研究を行っていきます。

発表者

独立行政法人理化学研究所
イノベーション推進センター理研―住友理工人間共存ロボット連携センターロボット感覚情報研究チーム
チームリーダー 向井 利春 (むかい としはる)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715
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独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

1. アクチュエータユニット
モータを動かすために必要なモータ、ギヤ、モータドライバ、制御・通信基板を一体化したもの。

2. インピーダンス制御
ロボットリンクの動きの柔らかさを表す機械的インピーダンス(慣性、減衰特性、剛性)の望ましい値を設定し、それをフィードバック制御により実現する方法。

3. 支持基底面
床と接している部分の一番外側を直線で結んだ範囲のこと。重心から下ろした垂線と床の交点がこの範囲内に入っていれば転倒せず、立っている状態を維持できる。

4. 減速比
モータの回転をギヤなどで減速する際の倍率。減速比が大きいと大きな力が出せるが、動きが遅くなる。また、摩擦が大きくなりバックドライバビリティが失われる。

5. バックドライバビリティ
アクチュエータの出力側で受けた力が入力側に伝わる性質。ロボットのリンクに外界から加わった力がモータに伝わることで、リンクが外界と衝突・接触したときに柔らかさを実現できる。また、モータを流れる電流から外界の力を推定することも可能となる。実現のためには、ギヤの摩擦を低減することが必要。



基本仕様:幅800mm、奥行き800mm、高さ1500mm、重量約140kg。


ROBEARで用いているアクチュエータユニット。ACサーボモータ、ギヤ、モータドライバ、制御・通信基板を一体化している。


(a)と(b)はそれぞれ肩部の力/トルクセンサの力とトルクに対応する出力、(c)肘部の電流トルク推定器の出力、(d)前腕の触覚センサの出力。下段は上段の一部を拡大したもの。データ点ごとのエラーバーで標準偏差の大きさを表している。力/トルクセンサでは荷重に比例した出力が得られている。電流トルクセンサでは小さな力は検出できていない。触覚センサは力が大きくなると出力が飽和していく。



座っている状態から自力で立ち上がる際に脚が発揮する力(青線)とロボットのサポートで立ち上がる際に脚が発揮する力(赤線)を床反力で計測した。








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