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貴金属触媒を使わない水素発生電極の開発【科学技術振興機構】

2014年12月9日

~多孔質グラフェンで、水素を低コストで大量に発生~

ポイント

○ 次世代エネルギー媒体として注目される水素の発生電極には高価な白金が使用されている。
○ 窒素と硫黄を導入した3次元ナノ多孔質グラフェンを水素発生電極に使用し、白金代替のニッケルと同等の水素発生を実証した。
○ 低コスト、かつ、高性能な電気分解法水素発生装置の実用化への展開が期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の伊藤 良一 助教、陳 明偉 教授らは、3次元構造を持つグラフェンによる高性能な水素発生注1)電極を開発しました。
水素はクリーンなエネルギー媒体として期待され、製造、輸送および貯蔵のそれぞれの面から技術開発が進められています。その中で、水素ステーション注2)などで水素を「その場発生」させて供給する方法に注目が集まっていますが、そのための水の電気分解法にはエネルギー利用効率注3)の向上や電極の小型化などの課題があります。また、水素発生用電極材料としては、白金が最も優れていますが、コストが高いことから白金に変わる代替材料(ニッケルなど)の開発が望まれています。
研究者らは、平板電極と比べて単位触媒体積あたりの表面積を500倍程度まで増大させ、かつ、窒素と硫黄を少量添加した「3次元ナノ多孔質グラフェン」の作製に成功し、その電極特性を測定した結果、水素発生電極として機能することを見いだしました。さらに、この電極は現在白金代替金属として期待されているニッケルと同等の電気エネルギーで水素を発生することが分かりました。
この成果は、貴金属を含めた金属元素を含まない3次元ナノ多孔質グラフェン電極の有効性を示したものであり、またその多孔性構造から大きな表面積を持つため、電極および装置の小型化につながる可能性が示唆され、今後の水素利用促進に貢献することが期待されます。
本研究成果は、ドイツの科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」に近日中に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 : 「エネルギー高効率利用のための相界面科学」
研究総括 : 笠木 伸英(JST研究開発戦略センター 副センター長・上席フェロー、東京大学 名誉教授)
研究課題名 : 「界面科学に基づく次世代エネルギーへのナノポーラス複合材料開発」
研究代表者 : 陳 明偉(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授)
研究期間 : 平成23年10月~平成28年3月

JSTはこの領域で、エネルギーの高効率利用を達成するためにエネルギー創生、省エネルギーなどのさまざまな角度から材料の開発を行っています。上記の研究課題では、3次元構造を持ったナノ多孔質複合材料を用いてエネルギーを効率よく創生する材料を開発して社会に還元することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

水素はクリーンなエネルギー媒体として期待を集めていますが、商業利用するにはさまざまな課題があり、各地の水素ステーションにおいて、水の電気分解によって水素を製造する安価で効率的な方法の開発が望まれています。
本研究グループでは、白金などの貴金属の使用は避け、白金代替材料の探索を行ってきました。白金代替材料の有力な候補として3次元ナノ多孔質グラフェンを用い、水素を低コストで大量に発生させられるエネルギー効率の良い水素発生電極の開発を行っています。

<研究の内容>

本研究は、ナノ多孔質金属注4)を用いた化学気相蒸着(CVD)法注5)を用いて3次元水素電極の開発を進めました。ピリジンとチオフェンをグラフェンの前駆体として採用し、ナノ多孔質金属の表面に窒素と硫黄元素を含有したグラフェンを蒸着注6)させることによって、ナノ多孔質金属の幾何学構造(図2(a))を維持した3次元ナノ多孔質グラフェンを作製しました。電子顕微鏡を用いて図1のようなチューブ構造と鋭い回折スポットを持つ高い結晶性を持った構造であることを確認し(図2(b))、化学的にドーピングされた窒素と硫黄元素がグラフェン上で均一に混じっていることが明らかとなりました(図2(c))。このようにグラフェンは窒素と硫黄を含有しながら曲面構造を作り、ナノ多孔質構造を形成していることが明らかとなりました。また、1グラム当たり800m2と膨大な表面積を持つことが分かり、この表面積測定をもとに、単位触媒体積あたりの表面積を従来の典型的な電極と比べると同体積で500倍程度まで増大させられることが分かりました。
この材料を電極として用いて水素発生反応(酸性水電解)の実験を行いました。金属を使用せず窒素と硫黄元素をドープした3次元ナノ多孔質グラフェンはそのドーピング量が増えるにつれて水素を発生させるために必要な電圧が減少し、白金代替金属であるニッケルと同等の性能を持つことが分かりました(図3)。また、単純に比較した場合、炭素、窒素と硫黄のみでできた金属触媒を必要としないグラフェン電極は白金と同等の水素生産量を出すには3倍程度の電圧が必要ですが、白金の代替金属であるニッケルとほぼ同等の水素生産量を持つことからエネルギー利用効率の良い水素発生電極といえます。
今回開発に成功した3次元ナノ多孔質グラフェンでは硫黄周りにある欠陥構造が寄与して水素発生反応を促進したと思われます。また、炭素、窒素と硫黄のみで構成されたグラフェン電極は白金と比べれば水素発生効率は若干劣るものの、白金が非常に高価(1グラム5千円程度)なことを考えると、エネルギー利用効率や材料コストにおいて十分に利用価値が高いものと考えられます。

<今後の展開>

今回の結果は、白金を使用しない高効率な水素発生電極の実用化につなげるための電極の3次元化の指針を示した重要な成果です。従来の2次元構造の電極に比べ、3次元構造を持った電極を使用すれば電極自身が3次元構造を持っているため体積の有効利用が期待できます。また、商業的に見ると、白金などの貴金属を使用しない電極材料を用いて水素ステーションなどその場で水素を効率よく発生させることができれば、水素の運搬・貯蔵のリスクとコストを回避することができ、水素エネルギー社会の実現へ大きく貢献できます。今後は、実用的な水素発生電極を作製するために少量のニッケルを添加し白金を越える水素発生能力を持つニッケル添加3次元ナノ多孔質グラフェンの開発やリチウム二次電池の電極材料としての研究を進めていく予定です。

<付記>

本研究は、華東師範大学(中国)の唐 政 教授の協力を得て行いました。

<参考図>

図1 3次元ナノ多孔質グラフェンの模型とチューブの外部と内部で水素生成
赤が硫黄原子、緑が窒素原子。


図2 3次元ナノ多孔質構造を持ったグラフェンを用いた水素電極

(a) 3次元窒素硫黄ドープナノ多孔質グラフェンのSEM像。表面構造(起伏など)を観察した。
(b) 3次元窒素硫黄ドープナノ多孔質グラフェンのTEM像と電子回折線像(右上)。電子線が完全に透過することから内部が空
   洞であることを確認した。また、電子線を用いて回折像を観察したところ、6回対称の鋭いスポットがいくつか観察されたこと
   から高い結晶性を持っていることが分かった。
(c) 3次元窒素硫黄ドープナノ多孔質グラフェンの元素マッピング。測定した場所のTEM像(白黒)、マッピングを合わせた画像
   (Mix)、炭素(緑)、硫黄(黄)、窒素(赤)、酸素(青)。


図3 3次元窒素硫黄ドープナノ多孔質グラフェン電極による水素発生反応
白金代替金属であるニッケルと比較するために同様な条件下でニッケルフォームのデータも記載した。

<用語解説>

注1)水素発生
水の電気分解のように電気を流すことによってH2O分子から水素と酸素に分ける反応。従来、白金など非常に高価な貴金属を用いて水素を発生させていた。

注2)水素ステーション
燃料電池自動車(水素をガソリンの代わりとする自動車)が水素を補充するための施設。

注3)エネルギー利用効率
水を分解して水素にするために必要な電気エネルギーに対する発生した水素の持つエネルギー比率。

注4)ナノ多孔質構造/ナノ多孔質金属
ナノ多孔質金属は物質の内部にナノサイズの細孔がランダムにつながったスポンジ構造体(ナノサイズの細孔を持つ多孔質構造体)のこと。例えば、図4の金の場合、ひも状の構造体が連続してつながって穴が開いている状態である。ナノ多孔質を持つ物質では、この穴とひも状構造が数ナノメートルサイズの状態で維持されている。また、ナノ多孔質グラフェンの場合、ひも状構造の表面に薄皮1枚残して中が中空になっている構造体を持つ。

図4 ナノ多孔質金属の3次元立体図

注5)化学気相蒸着(CVD)法
目的物質の前駆体を含んだガスを高温で加熱しながら流すことにより、化学的に薄膜する手法である。熱分解された分子は基盤表面上で化学反応を起こし、その反応によって1層から数層の膜を作製することができる。

注6)蒸着
有機物や金属などを気化・蒸発させて素材表面に薄膜を形成する手法。

<論文タイトル>

“High catalytic activity of nitrogen & sulfur co-doped nanoporous graphene towards hydrogen evolution reaction”
(窒素硫黄ドープナノ多孔質グラフェンを用いた高効率水素発生反応)
doi: 10.1002/anie.201410050

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
Tel : 022-217-5959  Fax : 022-217-5955
E-mail : mwchen@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 助教
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
Tel : 022-217-5959  Fax : 022-217-5955
E-mail : ito@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

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