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200℃以下の低温でマグネシウム合金の鍛造を実現【産総研】
2013年5月15日
-マグネシウム合金鍛造部材の実用化を加速-
ポイント
● マグネシウム合金の微細結晶粒組織を制御することで200℃以下での鍛造が可能
● 鍛造温度が低いので水溶性潤滑剤を使用した鍛造が可能
● マグネシウム合金鍛造部材の低コスト化、生産性向上に期待
概要
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】斎藤 尚文 上級主任研究員、金属系構造材料設計研究グループ 岩崎 源 客員研究員、千野 靖正 研究グループ長は、宮本工業㈱【代表取締役社長 宮本 尚明】(以下「宮本工業」という)と共同で、マグネシウム合金の低温鍛造技術を開発した。
今回開発した技術は、あらかじめ鍛造素材の微細組織を結晶粒径10µm以下に制御し、サーボプレスを用いて低速(5~10mm/s)で鍛造することにより、通常、汎用メカニカルプレスを用いて400℃程度で行っているマグネシウム合金の鍛造温度を200℃以上低くすることを可能にしたものである。鍛造温度を低くすることにより、固体潤滑剤に比べて鍛造後の除去が容易である水溶性潤滑剤の使用が可能となるので、マグネシウム合金の鍛造部材の低コスト化や生産性向上が期待される。
なお、本鍛造方法の基盤となる研究結果は、2013年6月7~9日に愛知県名古屋市で開催される平成25年度塑性加工春季講演会で発表される。
開発の社会的背景
マグネシウム合金は、構造用の金属材料の中で最も軽量であり、リサイクル性もあることから、輸送機器をはじめとするさまざまな産業への応用が期待されている。しかし、現状ではアルミニウム合金に比べるとその普及は進んでいない。これは、マグネシウム合金に固有の発火性、耐食性や塑性加工性の不足などの問題もあるが、最大の原因は材料コスト、加工・製造コストが高いことである。一般的にマグネシウム合金の鍛造は、鋳造-押出し-鍛造というプロセスを経るため、各工程でのコストが積み上がって高コストとなる。
これまで実用化されたマグネシウム合金部材は、ほとんどが鋳造法によって成形されているが、寸法精度、部材強度、生産性、生産環境などの点で難点があり、これらの点で優れている塑性加工技術の開発に大きな期待が寄せられている。塑性加工技術の中でも、鍛造技術については、高品質の部材が高い生産性で製造できることから、その技術の確立が産業界から求められている。しかしマグネシウム合金は塑性加工が大変難しい、高温鍛造に適さないなどの既成概念が根強いこともあって開発研究が遅れ、成功事例の報告も少なかった。
研究の経緯
産総研は、平成18~22年に独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「マグネシウム鍛造部材技術開発プロジェクト」において一般財団法人 素形材センターと共同で、マグネシウム合金連続鋳造材の新たな鍛造技術の開発を行ってきた。その結果、鍛造加工中に起こる動的再結晶という微細組織の変化を積極的に利用することにより鍛造素材の結晶粒を10µm以下に微細化することができ、その結果、300℃で断面減少率81 %の前後方管押出し鍛造が可能になることを確認した。この新規鍛造技術は、素材の結晶粒を微細化する工程と、それに引き続いて形状を造る成形工程を一連の1工程として扱う点に特徴がある。
今回はこのプロセスを実製品に適用し、温度200℃以下での鍛造を可能にすることを目的とし宮本工業と共同研究開発を行った。
研究の内容
「マグネシウム鍛造部材技術開発プロジェクト」ではひとつの金型を使用して1工程で試作鍛造したため、成形工程の温度だけを低くすることができなかった。そこで今回は、結晶粒の微細化工程と成形工程を分けた2段階で鍛造を行った。いずれの工程も、鍛造にはサーボプレスを使用した。サーボプレスは加工速度やスライド位置の制御に優れるため、材料組成、加工温度、ひずみ速度に影響を受けるマグネシウム合金の動的再結晶による結晶粒微細化を制御するためには有用なプレスである。
今回、鍛造に使用したマグネシウム合金は、市販のAZ31(Mg-3 %Al-1 %Zn)マグネシウム合金連続鋳造材(直径155mm)とAZ61(Mg-6 %Al-1 %Zn)マグネシウム合金連続鋳造材(直径55mm)の2種類である。いずれも410℃で24時間の均質化処理を施されている。これらの素材を所定の直径と高さに加工して鍛造用ブランク材とした。試作鍛造品としては、角ピンヒートシンクを選択した。角ピンヒートシンクの基本構造は30mm角×厚さ3.5mm、角ピン部は2mm角×高さ8mmで本数は49本である。
微細組織を制御するための結晶粒微細化工程では、平均結晶粒径が100µm以上のブランク材を、温度300℃で所定の圧下率まで据え込んだ。動的再結晶の進行とブランク材の工程初期の割れを防止する観点から、据え込みは平均速度5~10mm/sの比較的低速で行った。図1に据え込み圧縮後のブランク材の微細組織を示す。AZ31マグネシウム合金連続鍛造材では一部に結晶粒径が10~20µm程度の領域があるものの、それ以外では動的再結晶によって結晶粒径5µm以下まで微細化している。一方、AZ61マグネシウム合金連続鍛造材でも動的再結晶が生じているものの、平均結晶粒径は10 µm程度とAZ31マグネシウム合金連続鍛造材に比べて少し大きかった。
図2に結晶粒微細化処理を施したAZ31マグネシウム合金の連続鋳造材を素材として今回開発した鍛造方法によって作製したヒートシンクの外観写真を示す。鍛造は、結晶粒微細化処理後の材料をブランク材とし、鍛造温度100℃、150℃、200℃で行った。平均の押出し比は4.6、平均押出しひずみは1.5、断面減少率は0.78である。材料の割れを防止するため、平均速度5~10mm/sの比較的低速で鍛造を行った。いずれの鍛造温度でも割れはなく、49本のピンの高さが揃った健全なヒートシンクが鍛造加工できた。またAZ61マグネシウム合金の連続鋳造材を素材としても、今回の鍛造方法により同様のヒートシンクを作成できた。
今回開発した低温鍛造方法により、高精度、低コスト、高生産性のマグネシウム合金鍛造部材の作製が期待される。また、鍛造温度が200℃以下であるため、水溶性潤滑剤も使用できるようになる。水溶性潤滑剤は、グラファイト系などの固体潤滑剤に比べて鍛造後の除去が容易であるため、マグネシウム合金鍛造部材の一層の低コスト化、生産性向上も期待される。
今後の予定
産総研と宮本工業は共同で、カルシウムを添加した難燃性マグネシウム合金やその他のマグネシウム合金に対しても鍛造温度低温化の可能性を検証する。
用語の説明
◆鍛造
金属をハンマーなどで叩いて圧力を加える事で、金属内部の空隙をつぶし、結晶を微細化し、結晶の方向を整えて強度を高めると共に目的の形状に成形する、金属の塑性加工法の一種。鋳造に比べて、強度に優れた部材を作ることができる。
◆結晶粒
金属を構成する多数の微小な結晶のひとつ。研磨、調整された試料では顕微鏡によって観察できる。
◆サーボプレス
サーボモーターに直結したスライドにより加工するプレス。任意の位置でスライドの速度を任意に設定可能、加工中にスライドを上下運動・振動・一時停止できる、などスライドの動きを自由に制御できる特長をもつ。従来のプレスではできない加工も実現できると各方面からの期待が高い。
◆連続鋳造
溶解した金属を連続的に鋳型に注ぎ続け、鋳型内で急速冷却する鋳造方法。従来の方法に比べて工程が少ないので歩留まりと生産性が向上し、コストも低下する。
◆動的再結晶
ここでは、変形により欠陥を導入された材料を加熱した場合に、欠陥を含まずに熱力学的に安定な結晶粒が新たに形成し、変形を受けて欠陥密度の高い周囲の領域を蚕食しながら成長することによってひずみエネルギーを解消する現象を再結晶という。動的再結晶とは、材料が加熱状態で変形を受けている最中に生じる再結晶のことである。
◆スライド
プレス機械における主要構成部品のひとつで、金型を取り付けて往復運動をする部分。
◆均質化処理
合金元素が材料中に均質に分布するように、金属材料をある温度に加熱して一定時間保持する処理。
◆ブランク材
鍛造に用いるため、所定の寸法、形状に調整した材料のこと。鍛造用素材。
◆ヒートシンク
発熱する機械・電気部品に取り付けて、熱の放散によって温度を下げることを目的にした部品。
◆圧下率
加工前の素材の高さ(あるいは厚さ)が、加工後にどれぐらい減少したかを割合の数値に表したもの。
◆押出し比
押出し前の素材の断面積と、押出し後の製品の断面積の比。
◆押出しひずみ
ひずみとは、材料が受ける変形の尺度となる値である。押出しひずみとは、押出し時に素材が受けるひずみである。
◆断面減少率
加工前の素材の断面積が、加工後にどれぐらい減少したかの割合を数値に表したもの。
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