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イオン液体とゲル空気極を用いたリチウム-空気電池【産総研】
2012年10月3日
- これまでよりも安全、安定、高エネルギー密度の蓄電池 -
ポイント
- リチウム-空気電池の空気中での可逆的な大容量充放電に初めて成功
- 3次元的な電子伝導、イオン伝導、空気拡散それぞれのパスをもつゲル空気極により実現
- 電気自動車の長距離走行を可能にする高性能蓄電池としての応用に期待
概要
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 角口 勝彦】上席研究員 兼 エネルギー界面技術グループ 研究グループ長 周 豪慎と、張 涛 産総研特別研究員は、イオン液体の電解液とカーボンナノチューブ(CNT)からなるゲル空気極を用いて、酸素雰囲気中だけではなく、空気中でも作動可能なリチウム-空気電池を開発した。
これまでのリチウム-空気電池には電解液として有機電解液が用いられているため、発火、蒸発、分解しやすいなどの問題があった。今回、電解液としてイオン液体、空気極としてゲルを用いる設計を採用し、従来よりも、安全で、安定した動作をするリチウム-空気電池を作製した。今回開発したリチウム-空気電池により、初めて空気中での可逆的な大容量(10000 mAh/g)充放電を実現した。
リチウム-空気電池に使われる従来の空気極と今回開発したゲル空気極の模式図(左)
ゲル空気極内の電子伝導パス、イオン伝導パス、空気拡散パスの模式図(右)
右図の糸状のものはカーボンナノチューブ。右図上部はイオン液体のイオン(紫)と陽イオン(緑)。
開発の社会的背景
近年、環境・エネルギー問題を背景として、電気自動車の普及が進んでいる。現在、電気自動車にはリチウムイオン電池が搭載されているが、その性能は十分とはいえず、より長距離を走行できる高性能蓄電池の開発が求められている。そこで、理論的には現在のリチウムイオン電池の約5~8倍の重量エネルギー密度をもつリチウム-空気電池がポストリチウムイオン電池として注目されている。しかし、電解液に有機電解液を用いたリチウム-空気電池では、有機電解液の発火、蒸発、分解、空気中水分の溶解などの課題があるため、より安定した電解液材料の探索が続けられている。また、空気中の窒素、水分などが有機電解液に溶け込んでしまうと、負極の金属リチウムと化学的に反応する恐れがあるため、有機電解液を用いたリチウム-空気電池では動作試験は純酸素雰囲気中で行わざるを得ないという問題もある。
研究の経緯
産総研では、次世代「リチウムイオン電池」の実用化を目指して研究開発を進めている。これまで、電極材料をナノ構造化することで大出力化が期待できることを示してきた(2008年8月27日 産総研プレス発表) 。また、大幅なエネルギー密度の向上が期待されるハイブリッド電解液型リチウム-空気電池(2009年2月24日 産総研プレス発表、2011年4月26日 産総研主な研究成果)の研究開発を続けており、その一環として今回の成果が得られた。
なお、本研究の一部は、内閣府・最先端研究開発支援プログラム「高性能蓄電デバイス創製に向けた革新的基盤研究(2009~2013年度)」の支援を受けて実施している。
研究の内容
リチウム-空気電池は空気中の酸素を電気化学反応に利用しており、放電する場合には、外部回路を経由してきた電子と、電解液中のリチウムイオンが、空気極中に拡散してきた酸素と反応して、過酸化リチウム(Li2O2)になるというのが理想的な反応である。安定な放電を継続し、大きな容量を得るためには、空気極全体に3次元的な電子伝導パス、イオン伝導パス、空気拡散パスがなければならない。しかし、従来の有機電解液を用いたリチウム-空気電池では、空気極の細孔が有機電解液で満たされているため、空気中の酸素ではなく有機電解液に溶存している酸素が主にリチウムイオンと反応していると考えられる。そのため、酸素の有機電解液中の溶存量や拡散する速度などが電池の性能に影響すると考えられる。また、溶存している酸素が有機電解液と反応しやすいため、理想的な電気化学反応が進行せずに、放電時の電圧、容量、出力特性が著しく悪くなってしまうという問題が生じる。
これらの問題点を解決するために、電解液として燃えにくく、揮発しないイオン液体を用いるとともに、空気極として液体に濡れない撥水性ゲルを用いることにした。イオン液体は空気中で安定しており、10-3 S cm-1台の比較的高いリチウムイオン伝導度をもっている。また、酸素に対しても比較的高い安定性を示すという報告もある。空気極として、電子伝導パスの役割をになうCNTとイオン伝導パスの役割をになうイオン液体だけを混合した準固体状の撥水性ゲルを作製した。このゲル中の細孔にはイオン液体や水が浸入しないことが確認され、これらの細孔が空気拡散パスとなるため、空気中の酸素がこのパスを通じて、安定して供給される。
このような構成のリチウム-空気電池に、空気雰囲気下で一定の電流を流した場合の電池の充放電特性について調べたところ、放電と充電が可能であることが確認された(図1)。すなわち、イオン液体とゲル空気極を用いたリチウム-空気電池によって、これまで困難であった空気中において可逆的かつ大容量で作動させることに世界で初めて成功した。また、CNTの重量あたり10000 mAh/g以上の容量が得られることも分かった(図1右)。さらに、一定の容量(1000 mAh/g)に制限して充放電を行うことによって、10サイクルの間安定した充放電特性が得られた(図1左)。
図1 開発したリチウム-空気電池の1000 mAh/gCNTの定容量による空気中での充放電サイクル特性
(左)と200 mA/gCNTの定電流による空気中での充放電特性(右)
今後の予定
今後は、撥水性ゲル空気極の性能向上、電池構成の最適化などを行い、より優れた性能のリチウム-空気電池の開発を目指す。
用語の説明
◆イオン液体
液体で存在する塩(えん)のこと。イオン性液体、低融点溶融塩などとも呼ばれる。通常「塩」は常温下では固体だが、塩を構成するイオンをある種の有機イオンに置換した場合、融点が低くなり、室温付近でも液体状態で存在する。[参照元に戻る]
◆カーボンナノチューブ
炭素によって作られる六員環のネットワークシートが、単層あるいは多層の円筒状になった物質。超微細な材料で、単層のカーボンナノチューブは直径が1~2 nmほどである。電気特性としては金属的、半導体的な制御が可能であり、ナノテクノロジーを支える中心的な材料として注目されている。[参照元に戻る]
◆ゲル
分散系溶液の一種。分散質のネットワークの構築により高い粘性を持ち、流動性を失い、系全体としては固体状になったものを指している。ゼラチンやゼリーなどが代表的なゲルである。[参照元に戻る]
◆空気極
燃料電池や空気電池において、正極活物質である酸素の反応場となる電極。リチウム-空気電池では貴金属や遷移金属酸化物などの触媒と電子伝導性を付与するための炭素材料、それらを金属集電体に固定化するためのバインダー(接合材)で構成される。今回は、カーボンナノチューブとイオン液体のみを使って空気極を構成した。[参照元に戻る]
◆リチウム-空気電池
金属リチウムを負極活物質(電子を放出する物質)とし、空気中の酸素を正極活物質(電子を取り込む物質)として構成した充放電可能な電池。リチウムは金属のうち最もイオンになりやすく、これを負極として用いると正極との電位差が大きく、高い電圧が得られる。また原子の大きさが小さいため質量あたりの電気容量が大きくなる。理論上リチウムイオン電池よりも約5~8倍の重量エネルギー密度が期待され、自動車用電池として研究されている。[参照元に戻る]
◆リチウムイオン電池
現行の電池の中で最も高い作動電圧(3~4 V)をもち、コバルト酸リチウムに代表される遷移金属酸化物を正極、黒鉛系炭素材料を負極として、有機電解液を構成材料とした電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することにより電池として作動する。1990年代初めに実用化され、電池体積あるいは重量当たりに取り出せるエネルギー(エネルギー密度)が他種の電池に比べ格段に大きいことから、携帯電話、ノートPCなどのモバイル機器の電源、さらに電気自動車の電源として必要不可欠なものとなっている。[参照元に戻る]
◆重量エネルギー密度
電池の重量あたりに貯蔵あるいは取り出し可能な電気エネルギー量。電気エネルギーは、電池の平均電圧と電池容量との積で表される。この値が大きいほど、一定の電気エネルギーを必要とする際に必要とされる電池の重量が軽減され、実用化に有利である。[参照元に戻る]
◆細孔
材料がもつ微細な空孔のこと。その大きさに合う物質を取り込む特性をもつ。[参照元に戻る]
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