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傷つけられても元に戻る透明で曇らない膜の開発【産総研】

2016年10月7日

傷つけられても元に戻る透明で曇らない膜の開発
-水溶性ポリマーと粘土粒子からなるハイブリッド膜で表面処理-

ポイント

透明で耐久性に優れた防曇膜を開発
簡便な処理により、ガラス等の透明基材の防曇膜として利用可能
めがね、ゴーグル、車両・建物用ガラス、太陽光発電パネルや、その他の産業機器への活用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)構造材料研究部門【研究部門長 田澤 真人】材料表界面グループ イングランド・マシュー 産総研特別研究員、佐藤 知哉 研究員、穂積 篤 研究グループ長は、透明で自己修復性のある皮膜をコーティングする防曇処理技術を開発した。

現在、めがね、ゴーグル、車両・建物用ガラス等の表面に付着した微小な水滴が引き起こす”光の散乱”や”曇り”による光透過性の低下を防ぐために、さまざまな親水性素材を用いて材料表面への防曇処理が行われている。しかし、これまでの防曇処理技術では、処理された表面の耐久性が低く、一度物理的な損傷を受けると、恒久的に防曇機能を失ってしまうという課題や、皮膜の密着性が十分でないなどの問題があった。

今回、防曇機能の向上を目的とし、水溶性ポリマーであるポリビニルピロリドン(PVP)と、アミノプロピル基を表面に付けたタルクに似たフィロケイ酸塩を基本組成とするナノメートルサイズの粘土粒子(AMP-ナノクレイ)からなるゲルを皮膜としてコーティングする技術を開発した。この皮膜は、高い光学特性や防曇性に加え、自己修復性、密着性、水中での安定性、水中はつ油性(油が付着しない性質)にも優れている。また、様々な基材表面にも容易にコーティングすることができる。


今回開発した防曇処理を施したスライドガラス(左上)、通常のスライドガラス(左中)、
防曇膜の構造(右上)と自己修復する様子の電子顕微鏡像(下)

開発の社会的背景

梅雨時期など高湿度の環境下では、自動車等の輸送機器の車両用ガラスや建物の窓ガラス、めがねやゴーグルのレンズなどの透明な基材の表面に、微小な水滴が付着することで、”光の散乱”や”曇り”が生じ、これらの光学特性が著しく低下する。この曇化現象は、医療機器や分析機器、太陽光発電パネルやその他の産業機器の性能を低下させる原因にもなる。

防曇処理の例としては、紫外線照射によって表面が超親水化する二酸化チタンを塗布する方法や、親水性素材(二酸化ケイ素や酸化亜鉛)を微細構造化、層状構造化するといった手法がある。しかし、これらの表面処理技術は、塗布プロセスが複雑であり、大面積処理には適さない。さらに、表面形状が複雑な場合は汚れやすく、表面に形成した膜の耐久性が低いため、一度、物理的に損傷を受けると、恒久的に防曇機能を失ってしまう。そこで、表面の親水性を保ったまま、耐久性を向上させた防曇処理技術が求められている。

研究の経緯

産総研では、種々の機能性材料を利用した表面改質技術の開発に取り組んでいる。これまでに、汎用元素を用いた簡便な手法により、優れたはつ液性を示す膜の作製技術を開発してきた。特に、透明性が高く、粘性液体や付着氷に対して、優れた付着抑制効果を示すシリコーンゲルを用いた膜を開発している(2014年12月11日 産総研プレス発表)。今回、表面への水滴の付着・凝集を抑制するために、部分的に負に荷電した水溶性ポリマーと、正に荷電したアミノプロピル基をつけたナノメートルサイズの粘土粒子から構成されるハイブリッドゲルに着目し、透明な防曇膜の開発を行った。

なお、本研究開発の一部は、文部科学省の科学研究費補助金「新学術領域研究(24120005)」(2012~2016年度)による支援を受けて行った。

研究の内容

今回開発した防曇処理技術で用いる透明皮膜は、PVP、小板構造のAMP-ナノクレイ、さらに、少量のアルデヒド官能化合物を混合したハイブリッドゲルから構成される。PVPとAMP-ナノクレイを混合すると、ナノクレイ間に水素結合が形成されて粘着性と粘度が増加し、透明なPVP/AMP-ナノクレイハイブリッドゲルができる。このゲルをガラスやシリコン、金属、樹脂などの基材上に塗布すると容易に皮膜化(PVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜)し、表面での水膜の形成により、基材に防曇性を付与できる。

塗布後は、100℃で3時間以上乾燥させるが、このときAMP-ナノクレイとPVP間の水素結合も増加し、膜の安定性が向上する。さらに、基材の表面に化学反応可能な官能基をつけると、アルデヒド官能化合物と反応して、密着性が著しく向上する。例えば、何もつけていないシリコン基板上に、PVP/AMP-ナノクレイハイブリッドゲルを塗布・皮膜化して水に浸すと、やがて皮膜が剥離するが、アミノプロピル基をつけたシリコン基板上に塗布した皮膜は、水中に一日以上浸漬しても全く剥離しなかった。

PVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の厚さは、PVPの濃度を調整して制御できる。膜厚の違いによる防曇性の変化を調べたところ、膜厚が約12nmを下回ると、防曇性がなくなることが分かった(図1)。これは、防曇性を示すには、膜が水を吸収する必要があるが、膜厚が薄くなると水分を充分に保持できないか、水滴の形成を防ぐための安定な水膜が形成できないため防曇性が失われたと考えられる。


図1 開発した防曇膜の膜厚の違いによる防曇性の変化
3℃で30~60分間保持し、30秒間大気(高湿度)に暴露した後、直ちに画像を撮影した。


今回開発したPVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の自己修復性を確認するため、膜をシリコン基板上に成膜し、表面に外科用メスで傷をつけて基板のシリコン表面を露出させた。その後、試料を相対湿度約80%、室温の環境下に置き、表面の様子を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。図2に、PVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の表面形状の観察結果を示す。SEM像の白い部分は、露出した基板のシリコン表面である。傷つけた直後はシリコン基板が露出している(図2(a))。しかし、24時間が経過すると、損傷が修復され始め、基板の露出箇所の大部分が埋まっていることが分かる(図2(b))。さらに、48時間後には、傷幅が20~30μmの広い領域で傷が完全に消失し、この膜が自己修復性をもつことが分かった(図2(c))。

今回開発したPVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の想定される自己修復メカニズムを図3に示す。膜が傷ついたときに、空気中の水分を吸収して、膜が膨潤、移動、接触して、傷を埋める。さらに、PVPとAMP-ナノクレイの間の水素結合が再形成されて膜が再生すると考えられる。現状では、20~30μm程度の傷は回復することを確認している。


図2 今回開発した防曇膜表面の傷の変化を示すSEM像

図3 開発したPVP/ AMP-ナノクレイハイブリッド膜の自己修復メカニズムの想定図


また、開発したPVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の水中でのはつ油性を確認するため、水中で油滴を形成させ、PVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の表面に油滴を押し付けて引き離したところ、油は全く付着しなかった(図4)。このことから、PVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜は、水中でのはつ油性機能にも優れていることが明らかとなった。これは、皮膜の表面に安定な水の膜が形成され、油や汚れの付着を抑制したためと考えられる。


図4 今回開発した防曇膜の水中でのはつ油性
黒い部分が基板(上)と皮膜(下)、白い部分が水、球状のものが油を示す。

今後の予定

今後は企業と連携して、開発したPVP/AMP-ナノクレイハイブリッド膜の組成を使用用途や基板に合わせて最適化する。さらに、ハイブリッド膜の安全性の確認や硬度の改善、自己修復時間の短縮化、量産化に適した塗装方法の検討などの課題を解決し、3年以内に防曇処理技術を実用化することを目指す。

用語の説明

ポリビニルピロリドン
水溶性ポリマーで、バインダー、顔料分散剤、汚れ防止剤などに用いられる。
アミノプロピル基
ここでは、プロピル基(-CH2CH2CH3)端のHがアミノ基(-NH2)に置換された、-CH2CH2CH2NH2を示す。様々な官能基と反応可能であり、基材同士の密着性向上や基材上への接着性向上などに用いられる。
タルク
水酸化マグネシウムとケイ酸塩からなる鉱物で、粘土鉱物の一種。
フィロケイ酸塩
ケイ酸塩の一種。ケイ酸塩鉱物は陰イオンの構造の違いによって分類され、フィロケイ酸塩鉱物は層状構造をもつ。雲母類や粘土鉱物などがある。
ゲル
高分子(場合によっては低分子)の網目構造内部に液体を含んだもの。身近な例として、こんにゃくやゼリーなどがある。
アルデヒド官能化合物
アルデヒド基をもつ化合物。殺菌・消毒などの用途に広く用いられる。今回はアミノ基との反応を利用し、ゲルの安定性向上、密着性向上に用いた。
水素結合
酸素や窒素など電気陰性度の高い原子と共有結合した水素原子が、付近の他の官能基の非共有電子対と作る引力的な相互作用である。可逆的に形成できるため、今回のように自己修復性材料にも利用される。

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