ニュース
性能を保ったまま異方性サマリウム-鉄-窒素焼結磁石を作製【産総研】
2015年9月18日
性能を保ったまま異方性サマリウム-鉄-窒素焼結磁石を作製
-世界最強の耐熱性磁石を目指して-
ポイント
● サマリウム-鉄-窒素(Sm-Fe-N)系磁石粉末を焼結すると保磁力が激減するメカニズムを解明
● 粉末作製から焼結までの磁石作製プロセスの低酸素化により初めて異方性焼結に成功
● 粒径制御や粒界制御により、ネオジム-鉄-ホウ素焼結磁石を超えることを期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)無機機能材料研究部門【研究部門長 淡野 正信】尾崎 公洋 総括研究主幹、ハード磁性材料グループ 高木 健太 研究グループ長、曽田 力央 研究員らは、サマリウム-鉄-窒素(Sm-Fe-N)系磁石粉末を、磁石性能を低下させることなく異方性焼結磁石とする製造技術の開発に世界で初めて成功した。
通常、Sm-Fe-N系磁石粉末を焼結すると保磁力が激減するが、今回その原因が粉末表面の酸素にあることを実証し、粉末作製から焼結までの一連のプロセスを低酸素化したSm-Fe-N焼結磁石のプロセスを新たに開発した。これにより、保磁力を保ったままSm2Fe17N3の異方性焼結磁石を作製できた。この焼結磁石は耐熱性に優れることから、ハイブリッド自動車用駆動モーターなどの高温環境下ではネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)焼結磁石を超える磁石性能を発揮できると期待される。なお、この成果の概略は2015年10月13日に東京都で開催される産総研主催の第10回レアメタルシンポジウムにて、また詳細は、2015年11月11日~12日に京都市で開催される粉体粉末冶金協会講演大会にて、発表する予定である。
今回開発した技術と従来技術によって作製したSm2Fe17N3焼結磁石の保磁力の変化率
従来技術では保磁力は約70 %低下するのに対し、今回の技術では保磁力は低下しない。
開発の社会的背景
高性能永久磁石は、ハイブリッド車やエコ家電のコア技術である高効率モーターの鍵となる材料であり、磁石の高性能化はモーターの高性能化に直接つながる。特に、ハイブリッド車ではモーター内部は180℃前後の高温となるため、磁石には耐熱性が要求される。
現在、高効率モーターのほとんどは、最強の磁石とされるNd-Fe-B焼結磁石を用いているが、高温になると保磁力が急激に低下する。そのため、現行のほとんどのNd-Fe-B焼結磁石に重希土類元素であるジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)が添加されて耐熱性が改善されている。しかし、これらの重希土類元素は地殻埋蔵量が少なく、しかも採掘できる地域が局在するために価格・供給が不安定である。現在、重希土類元素の使用量を減らすため、重希土類元素を使用しなくても同等の耐熱性をもつNd-Fe-B焼結磁石の開発が進められている。
一方で、Nd-Fe-B焼結磁石の性能はすでに理論値に近づいており、耐熱性も大幅向上の見通しはない。しかし、モーター分野ではさらなる高性能・高耐熱性の焼結磁石が望まれており、新たな磁石材料の開発が求められている。
研究の経緯
Sm-Fe-N系磁石は、飽和磁化が1.57TとNd-Fe-B磁石(1.60T)に匹敵し、異方性磁界はNd-Fe-B磁石の約4倍となる20.7MA/m(260kOe)である。
しかし、Sm-Fe-N磁石は650℃付近で熱分解するために、高温加熱する焼結固化は困難とされてきた。また、それ以下の温度でも、加熱によって保磁力が大幅に低下する。また、亜鉛を混合させて低温で焼結させることで保磁力を向上させることもできるが、磁化が極端に低下し磁石性能が著しく低下するため、現実には焼結磁石として使用されていない。
そこで、産総研ではSm-Fe-N磁石粉末の焼結技術の開発に取り組んでいる。これまでに、通電焼結法による低熱負荷焼結技術によって、高密度のSm-Fe-N等方性磁石粉末を熱分解させずに焼結し、Dyを使わない高性能な等方性焼結磁石(2011年7月6日産総研プレス発表)を開発した。しかし、異方性磁石粉末の焼結に対しては保磁力が低下してしまうため、保磁力を低下させない焼結磁石作製技術の開発に取り組んでいた。
研究の内容
市販のSm-Fe-N磁石粉末を従来の方法で焼結すると、図1(a)に示すように焼結温度が上がると保磁力は急激に低下し、磁石性能が大幅に悪化する。この現象の原因は明らかではなかったが、2012年に詳細な分析から保磁力低下は磁石粉末の表面に酸化膜があるため、加熱により鉄が析出することが原因であると予測していた(図2)。
そこで、磁石粉末を微粉砕する工程や、それを磁場中で圧粉成形する工程、そして低熱負荷焼結する工程のすべてを低酸素環境として、焼結固化前に粉末表面に酸化膜が形成されることを防いだ。微粉砕はジェットミル粉砕法を用い、粉末の平均粒径は5μm以下で、保磁力は約640kA/m(8.0kOe)である。今回開発した低酸素プロセスを用いて、焼結温度が400~500℃で作製したSm2Fe17N3の異方性焼結磁石の保磁力は720~600kA/m(9.0~7.5kOe)であり(図1(b))、原料粉末からの保磁力低下はほとんどなかった。透過電子顕微鏡による観察では、今回のプロセスで作製した焼結体の結晶粒界には鉄や酸化物といった異相は見られず(図3)、低酸素プロセスの効果が確認された。一方、今回開発したプロセスで作製した粉末を空気暴露して表面に酸化膜を形成した後、これを低酸素プロセスで焼結したところ、保磁力は約320kA/m(4kOe)と半分に減少した(図1(c))。これらのことから、表面の酸化膜が原因で保磁力が低下したことを実証したとともに、今回開発の低酸素プロセスにより保磁力を低下させずにSm-Fe-N異方性焼結磁石を作製できることが分かった。
図1 今回開発したプロセスで作製したSm2Fe17N3焼結磁石と、従来技術によるSm2Fe17N3焼結磁石の保磁力の比較
市販粉末を従来技術で作製した焼結磁石(a)、開発したプロセスによる焼結磁石(b)、(b)と同じ粉末から従来技術で焼結作製した磁石(c)。いずれも、左端のプロットは粉末の保磁力を示す。
図2 Sm2Fe17N3磁石粉末の焼結によって保磁力が低下するメカニズム予測
図3 今回開発したSm2Fe17N3焼結磁石の焼結界面の透過電子顕微鏡像
今後の予定
現在、焼結磁石の配向度がまだ低いことや焼結密度が十分でないといった原因により、磁石特性の指標の一つである最大エネルギー積(BH(max))は190J/m3(16MGOe)程度にとどまっている。今後、粉末の粒度分布制御や焼結プロセスの最適化により焼結密度や配向度を高めて、最大エネルギー積を向上させる。さらに、焼結界面の制御などによりSm-Fe-N磁石本来の潜在的な高保磁力を発揮させて、Nd-Fe-B焼結磁石を超える高性能・高耐熱性焼結磁石の開発を目指す。
用語の説明
◆ サマリウム-鉄-窒素(Sm-Fe-N)系磁石
1987年に入山恭彦らによって発見された磁石。Sm-Fe-N系の磁石粉末として、Sm2Fe17N3構造とSm1Fe9N1.5構造の2種類が開発されている。現在はSm2Fe17N3系粉末は異方性の磁石粉末、Sm1Fe9N1.5系粉末は等方性の磁石粉末として製造されており、どちらもボンド磁石(プラスチックやゴムに練り込んだ柔軟性のある磁石)として販売されている。
◆ 異方性焼結磁石
異方性磁石粉末を配向させて焼結した磁石。異方性磁石は一方向に強い磁化を持つ(他の方向は低い磁化)ため、強力な磁石になる。
◆ 保磁力
外部から逆の磁場をかけても磁石の極性が逆転しない最大の外部磁場の強さ。
◆ ネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)
1982年に佐川眞人らにより開発された最強の希土類永久磁石。基本構造はNd2Fe14Bであり、元素添加により保磁力の向上や温度特性の改善をする。特にDyやTbの添加により、保磁力が大きく改善する。液相焼結により焼結体を作製できるため、高密度な成形体を比較的簡単に作ることができることも大きな特徴。
◆ 重希土類元素
ランタノイド系列の15元素にイットリウム、スカンジウムを加えた17元素を希土類元素と呼ぶ。原子番号の比較的小さいランタンからユウロピウムまでを軽希土類元素、比較的大きなガドリニウムからルテチウムまでを重希土類元素と大別する。Nd-Fe-B系磁石に含まれるDyやTbは重希土類元素であり、事実上、イオン吸着型鉱床だけで採掘されている。NdやSmは軽希土類元素であり、比較的世界中に分布しているため資源開発によって確保できる可能性が高い。
◆ 飽和磁化
磁石材料は外部から磁場を与えられることで磁化するが、いくら高い磁場を与えてもそれ以上高くならない(飽和する)磁石材料の磁化の値。
◆ 異方性磁界
磁石が持つことのできる保磁力の指標となる物性値。結晶には磁化しやすい方向と磁化しにくい方向があり、それぞれの飽和磁化に必要な磁界の差。
◆ 等方性磁石
等方性磁石は異方性(焼結)磁石ほど高い磁性にはならないが、どの方向にも均等な磁性をもつため、磁化の方向を選ばない。異方性粉末は等方性磁石にすることもできるが、等方性粉末は異方性磁石にすることはできない。
◆ ジェットミル粉砕法
原料(粗粉末)を高速のガス流に乗せて高速に運動させ、粉末同士や装置内壁への衝突などによって粗粉末を粉砕して微細粉末にする方法。不活性ガスを用いることで、金属粉末を酸化させずに粉砕できる。
◆ 最大エネルギー積(BH(max))
保磁力と残留磁束密度の両方を加味した値のこと。高性能磁石の指標となる。単位として、J/m3(SI単位系)やGOe(CGS単位系)を使用する。
関連記事
お問い合わせ
国立研究開発法人 産業技術総合研究所ホームページはこちら