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ジスプロシウムを使わない高性能な等方性焼結磁石【産総研】
2011年7月6日
ジスプロシウムを使わない高性能な等方性焼結磁石
-新たな焼結技術で高性能磁石の資源問題解決に貢献-
ポイント
● サマリウム-鉄-窒素系磁石粉末をパルス通電焼結法により低温で高密度に焼結
● 磁石の性能の指標である最大エネルギー積が等方性の磁石として最高レベル
● 材料特性の改善や結晶制御を行うことでさらなる高性能化に期待
概要
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】相制御材料研究グループ 尾崎 公洋 研究グループ長、高木 健太 研究員は、重希土類元素 であるジスプロシウム(Dy)を含まない等方性サマリウム-鉄-窒素(Sm-Fe-N)磁石粉末を90%以上の高い相対密度で焼結する技術を開発した。
Sm-Fe-N系磁石粉末はネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)系磁石に次ぐ高い磁石特性をもつ材料で、Dyを使用しない高性能磁石材料として期待されている。しかし、焼結性が悪いために磁石粉末を樹脂などで固めたボンド磁石だけが製品化されている。
今回、等方性Sm-Fe-N系磁石の粉末をサーボプレスによる荷重制御とパルス電流を流して焼結するパルス通電焼結法を組み合わせて焼結することによって、400℃以下の焼結温度で相対密度90%以上の緻密な焼結体を作製することができた。磁石の性能の指標である最大エネルギー積は129kJ/m3(16.2 MGOe)と、等方性の磁石としては最高レベルであった。この高性能等方性磁石は樹脂を使用しない焼結体であり、Nd-Fe-B系磁石より耐熱性や耐酸化性に優れていることから、高温・多湿の環境下での使用も期待される。
なお、本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「希少金属代替材料開発プロジェクト・Nd-Fe-B系磁石を代替する新規永久磁石の研究」(平成21年度~22年度)において行われたものである。
今回開発した重希土類元素を含まない高性能焼結磁石(Sm-Fe-N系)
高性能焼結磁石を2段重ねにしたものに、鉄球30個が磁着している
開発の社会的背景
高性能磁石は、ハードディスク用ボイスコイルや、携帯電話のスピーカー・振動モーター、DVD用光ピックアップなどのハイテク機器に利用されている。ハイブリッド車や電気自動車のモーターへも適用できるため、今後利用が増加するものと考えられる。
現在、最高の性能をもつ磁石材料であるNd-Fe-B系磁石は、Dyを添加することによって保磁力 を高めている。Dyは重希土類元素であり、地殻埋蔵量が少ない上に、採掘できる地域が限られているため、輸入価格が高騰している。国内で生産されるNd-Fe-B系磁石に含まれるDyはすべて輸入されているため、価格高騰による影響が少なくない。そこでDyを使用しない高性能磁石の開発が求められている。
Sm-Fe-N系磁石粉末はNd-Fe-B系磁石に次ぐ高い磁石特性をもつ材料で、Dyを使用しない高性能磁石材料として期待されている。しかし、磁石粉末としての特性は高いものの、500℃以上の高温で焼結すると磁石特性を失ってしまうため、通常の焼結法では高特性の焼結磁石が作製できなかった。そのため、磁石粉末を樹脂などで固めたボンド磁石だけが製品化されていた。
研究の経緯
Dyを使用しない高性能磁石開発のアプローチとして、Nd-Fe-B系磁石のDyの使用量を減らす、もしくは使用しない技術開発と、Nd-Fe-B系ではない磁石を開発するという2つが考えられる。産総研は、後者のアプローチによってDyを使用しない高性能磁石材料を開発するためSm-Fe-N系磁石粉末を焼結する技術開発に取り組んできた。これまでにアモルファス 合金粉末を低温で高密度に焼結する技術を開発しており、この技術を使ってSm-Fe-N磁石粉末を焼結してきたが、密度を上げることができず最大エネルギー積が100kJ/m3に満たなかった。今回はこの焼結技術をさらに高度化することによってSm-Fe-N系焼結磁石の開発を行った。
研究の内容
今回、Sm-Fe-N系磁石粉末の磁石性能の低下を防ぐために400℃程度の低温での焼結で、しかも高い相対密度の焼結磁石を作製するために、パルス電流によって焼結するパルス通電焼結法に、荷重制御をするためのサーボプレスを組み合わせた焼結法を用いた。図1に焼結方法として用いたパルス通電焼結法の概略を示す。
パルス通電焼結法は、粉末の入った金型に電流パルスを流して焼結を行う。通常、金型と粉末は電気抵抗をもつので、そこを電流が流れると金型や粉末自身が発熱する。すなわち、直接加熱する手法であるため、短時間での昇温が可能で結晶構造の変化を防ぐことができる。さらに、パルス電流を使うことで、粉体の温度を上げることなく粉末界面での結合を促進することができる。これらのことによって、元の粉末特性を低下させることなく焼結することが可能となった。
今回用いたパルス通電焼結法では、サーボプレスによってプログラム荷重制御を行うことで緻密化を促進させた。また、金型には超硬合金を使用することで、サーボプレスによる荷重を大きくし相対密度の増大につなげた。これらによって低温で、稠密な焼結体を作製することができた。
等方性Sm-Fe-N系磁石の粉末(大同特殊鋼株式会社製)を使用し、焼結温度400℃、保持時間1分で90%以上の高い相対密度の等方性焼結磁石を作製できた。作製した等方性Sm-Fe-N系焼結磁石の特性は残留磁束密度 0.91T(9.1kG)、保磁力770kA/m(9.68kOe)、最大エネルギー積129kJ/m3(16.2MGOe)となった。最大エネルギー積以外は元の磁石粉末の90%以上を保持し、最大エネルギー積も約88%の性能を維持していた。 図2に示すように、直径6~15mmの磁石を作製できた。(なお、冒頭の写真に示したのは直径15mm、厚さ6mmの焼結磁石を2段重ねにしたもので1個約4gの鉄球30個が磁着している。)
今回作製した等方性Sm-Fe-N系焼結磁石は、材料特性の改善や結晶制御によって、さらに性能を高めることが期待できる。また、磁石材料の選択肢にDyを使用しない磁石材料をつけ加えることによって、資源の寡占状態の緩和に貢献すると期待される。
今後の予定
今後は、異方性のSm-Fe-N系磁石粉末を用いて異方性焼結磁石を開発するとともに、焼結技術だけではなく、磁石粉末自体の研究開発を行い、さらに高性能なSm-Fe-N磁石の開発を目指す。
用語の説明
◆ 重希土類元素
ランタノイド系列の15元素にイットリウム、スカンジウムを加えた17元素を希土類元素と呼ぶ。原子番号の比較的小さいランタンからユウロピウムまでを軽希土類元素、比較的大きなガドリニウムからルテチウムまでを重希土類元素と大別する。ネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)系磁石に含まれるジスプロシウムは重希土類元素であり、中国の一部のイオン吸着型鉱床においてのみ採掘されている。価格が急騰しており対策が急務である。ネオジム(Nd)やサマリウム(Sm)は軽希土類元素であり、比較的世界中に存在しているため資源開発によって確保できる可能性が高い。[戻る]
◆ 等方性サマリウム-鉄-窒素(Sm-Fe-N)磁石
Sm-Fe-N系の磁石粉末として、Sm2Fe17N3構造とSm1Fe7Nx構造の2種類が開発されており、それぞれがボンド磁石として製造されている。製法の違いから、Sm2Fe17N3系粉末は異方性の磁性をもち、Sm1Fe7Nx系粉末は等方性の磁性をもつ。
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◆ 等方性磁石、異方性磁石
等方性磁石は異方性磁石ほど高い磁性にはならないが、どの方向にも均等な磁性をもつため、着磁の方向を選ばない。異方性磁石は一方向に強い磁性をもち、他の方向には低磁性となるため、高い磁性を必要とする場合に有効である。異方性粉末は等方性磁石にすることもできるが、等方性粉末は異方性磁石にすることはできない。[戻る]
◆ 焼結
接触状態にある粒子を融点以下の温度に保持したときに、粒子系全体の表面エネルギーが減少する方向へ物質が移動する現象。焼結により粒子の接触部が結合して強固になり、緻密化が生じる。[戻る]
◆ ボンド磁石
磁石粉末を樹脂などで固めた磁石。形状の自由度が高いことを特徴とする。樹脂の体積割合によって成形性と磁力が決まり、一般的に樹脂の量が多いほど易成形性が高く磁力が低くなる。[戻る]
◆ 最大エネルギー積
保磁力と残留磁束密度の両方を加味した値のこと。高性能磁石の指標となる。単位として、J/m3(SI単位系)やGOe(CGS単位系)を使用する。[戻る]
◆ 保磁力
磁石に外部から逆の磁場を印加したときに、元の磁石の磁場が逆転しない強さのこと。[戻る]
◆ アモルファス
結晶構造でないもの。物質を構成する原子の配列に規則性のないもの。無定形。非結晶質。[戻る]
◆ 残留磁束密度
外部の磁場を無くしたときに磁石に残る磁力の強さのこと。[戻る]
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