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世界最強X線レーザービームが誕生 -原子レベルの精度を持つ鏡により、1マイクロメートルの集光ビームを実現-【高輝度光科学研究センター】
2012年12月17日
本研究成果のポイント
● 原子レベルの表面精度を有する420mm長の大型集光鏡を開発
● 4万倍に増強した強度を持つX線自由電子レーザーのマイクロビームを実現
● 原子分解能でスナップショット撮影可能な顕微鏡の実現など、疾病の原因解明や新薬の開発につながる基盤技術が完成
公益財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長、以下「高輝度光科学研究センター」)、国立大学法人大阪大学(平野俊夫総長、以下「大阪大学」)、国立大学法人東京大学(濱田純一総長)及び独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長、以下「理化学研究所」)は共同で、X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)施設SACLA(さくら)※1において、原子レベルの表面精度を持つ集光鏡により、世界で最も強いX線レーザーのマイクロビームの実現に成功しました。
SACLAで発生する高強度XFELを利用することで、例えば、タンパク質1分子の立体構造が瞬時に観察可能となる超高分解能の顕微鏡が将来開発できると期待されています。これを実現するためには、XFELをできるだけ多く集め、さらに超高強度な集光ビームを形成し、微小な観察対象を効率よく照明できる光学素子の開発が鍵となります。しかしながら、強烈なXFELの照明下で安定して利用可能で、かつ集光効率の高い光学素子は今まで存在せず、超高強度集光ビームを生み出すことができませんでした。
本研究グループは、X線を1点に集めるために反射面の形状が楕円である集光鏡を開発しました。X線は原子サイズの極めて短い波長の光であるため、鏡表面に微小な凹凸があれば反射光は乱されます。このため鏡には、原子レベルの凹凸にまで調整した滑らかな表面とX線を1点に集めるための形状が要求されます。そこで理化学研究所が開発したELID(Electrolytic In-process Dressing)研削法※2と、大阪大学が開発したEEM(Elastic Emission Machining)加工法※3の2つの精密加工技術を駆使し、原子レベルの表面形状精度を持つ420mm長の大型鏡を作製しました。この開発した集光鏡をSACLAに適用し、理論通りの集光サイズ(横方向:0.95マイクロメートル、縦方向:1.20マイクロメートル)を有するXFELのマイクロビームの実現に成功しました。これにより、XFELの光の密度を4万倍に向上させることができ、XFELによる世界で最も高い集光強度(6×1017W/cm2)※4を達成しました。
今回実現した超高強度XFELマイクロビームを用いたイメージング手法により単細胞生物や複合タンパク質の構造解明のための研究が既に始まっています。また、これを利用することで、将来、原子分解能でタンパク質の立体構造の時間変化をスナップショット撮影可能な顕微鏡の実現が図られ、これにより疾病の原因解明や新薬の開発が促進されるものと期待されます。
本研究成果は、高輝度光科学研究センター湯本博勝研究員、大橋治彦副主席研究員、登野健介副主幹研究員、大阪大学大学院工学研究科山内和人教授、東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻三村秀和准教授、理化学研究所放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)XFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター、理化学研究所基幹研究所大森整主任研究員らの研究グループが共同で行った研究成果です。今回の研究成果は、科学雑誌「Nature Photonics」のオンライン版(2012年12月17日(月)日本時間)に発表されます。
(論文)
題名 : “Focusing of X-ray free electron laser pulses with reflective optics”
日本語訳 : 反射型光学素子によるX線自由電子レーザーの集光
著者 : 湯本博勝、三村秀和、小山貴久、松山智至、登野健介、富樫格、犬伏雄一、佐藤尭洋、田中隆次、木村隆志、横山光、金章雨、佐野泰久、八須洋輔、矢橋牧名、大橋治彦、大森整、石川哲也、山内和人
Hirokatsu Yumoto, Hidekazu Mimura, Takahisa Koyama, Satoshi Matsuyama, Kensuke Tono, Tadashi Togashi, Yuichi Inubushi, Takahiro Sato, Takashi Tanaka, Takashi Kimura, Hikaru Yokoyama, Jangwoo Kim, Yasuhisa Sano, Yousuke Hachisu, Makina Yabashi, Haruhiko Ohashi, Hitoshi Ohmori, Tetsuya Ishikawa and Kazuto Yamauchi
ジャーナル名 : Nature Photonics
Nature Photonics (2012), Published online 16 December 2012
オンライン掲載日 : 2012年12月17日(月)(日本時間)
研究の背景と目的
SACLAにおいて2011年10月に世界最短波長のX線自由電子レーザーが実現されました。優れた性質を持つ光を利用することで、基礎科学から産業応用まで、物理、化学、生物・医学、材料等のあらゆる分野において従来手法を革新する先端のサイエンスが拓かれるものと期待されています。XFELの利用の可能性は、光を集めることで、格段に向上することができます。できるだけ多くの光を小さな領域に集めて観察対象を照明することで、ミクロな世界を明るく照らし出して観ることが可能になります。例えば、タンパク質1分子にXFELの光を集めることで、動いているタンパク質分子の原子構成を、瞬時に観察できるようになると期待されています。このような、「原子分解能」で「原子の動き」を捉えるスナップショット撮影が、XFELの光を利用した分析技術の一つに挙げられています。このためには、XFELの強烈なX線を集めるための光学素子開発が鍵となります。しかしながら、強烈なXFELの照明下で安定して利用可能であり、かつ集光効率の高い光学素子は今まで存在せず、高強度集光ビームを利用することができませんでした。
ここで通常の虫眼鏡のような屈折レンズにXFELの光を入射した場合、XFELは極めて強い光のため、屈折レンズがほんの少し光を吸収しただけでも、温度上昇によりレンズが破壊され、集光ビームを安定して利用できません。我々のグループは、XFELを集光するために反射型の光学素子である鏡を利用して、光を1点に集める方法を採用しました。鏡の表面にすれすれの入射角(約0.1°)でXFELを照明し反射させることで、鏡材料へのXFELの吸収を桁違いに低減可能とし、さらに、反射現象を利用することで100%に近い反射率が得られます。しかしながら、原子サイズの短波長の光であるX線を反射するため、表面でX線が乱れて反射されないように、鏡には原子レベルの凹凸にまで整えた滑らかな表面と、原子レベルの精度で設計した楕円に近い形状が必要になります。
本研究の目的は、原子レベルの表面精度を持つ集光鏡を開発することで、XFELを1マイクロメートルの小さな領域に集めた超高強度ビームを実現することです。
研究内容と成果
本研究グループは、反射面が楕円形状の2枚の集光鏡を用い、XFELを1点に集光する配置を設計しました(図1)。X線は非常に浅い角度で集光鏡に入射するため、420mmの大きな鏡を開発することで、光源から来るXFELを逃さず、ほぼ全て反射し集光できるようにしました。このような大型の集光鏡を原子レベルの精度で作製するには、非常に高精度な加工技術が必要になります。そこで、日本が世界の先端を走る超精密加工技術である理化学研究所が開発した「ELID研削法」と大阪大学が開発した「EEM加工法」を駆使することで、集光鏡を作製しました。420mmの大型鏡の表面は、ナノメートルの精度を持つ表面にまで仕上げられました(図2)。鏡の材料には、加工のしやすさ等から石英ガラスを用い、原子レベルの精度で表面を加工した後、表面に炭素膜を原子精度で均一にコーティングしました。炭素はX線の吸収が非常に小さく、また、融点も高いことから、反射時の鏡表面の損傷を防ぐことができます。
SACLAにおいて集光鏡により集光ビームを形成するにあたり、集光鏡の角度や位置を高精度に調整した後に静止する装置が必要となります。このため図3の装置を開発しました。SACLAにおいて開発した集光鏡を評価した結果、理論通りの集光サイズ(横方向:0.95マイクロメートル、縦方向:1.20マイクロメートル)(図4)を確認し、XFELは4万倍に増強されるとともに、XFELによる世界で最も高い集光強度(6×1017W/cm2)を達成しました。
図5に形成したXFELマイクロビームを材料に照明し、得られた照射痕を示します。ビームの強度があまりにも高いため、照射された材料が瞬時に蒸発し、跡が残ります。強度を調整することで、集光ビームのサイズを見積もることができ、高強度下での材料の様子を調べることで、新しい材料物性研究への応用も可能です。
今後の展開
本研究の意義は、大きく2つ挙げられます。
まず一つには、X線集光鏡の開発において、今まで以上に日本が世界を大きくリードし、今後のさらなる超高強度ビーム実現へのステップになるという点です。本研究の結果を元に、XFELを10ナノメートル以下に集光し、今回開発したマイクロビームよりも、さらに1万倍強いナノビームの実現へと研究が進んでいます。
二つには、本研究により実現したXFELの超高強度マイクロビームは、既にSACLAの実験者が利用できるという点です。先端研究で開発された集光鏡による高強度マイクロビームが道具として既に利用され、次の先端研究を拓いています。
超高強度ビームを利用することで、化学反応の瞬間の超高速の原子の動きの観察や、タンパク質など生命活動に重要な分子の原子構造の観察、さらには極限状態の創出※5が将来期待されます。これにより、日常生活を支える優れた触媒や燃料電池などの高機能材料の開発、疾病の原因解明や新薬の開発など、本研究で開発した集光ビームは未来科学を支える様々な先端分野に大きく貢献していくものと期待されます。
ここで紹介した研究は、文部科学省の科学研究費補助金 基盤研究(S)(23226004)、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)、文部科学省のX線自由電子レーザー利用推進研究課題、文部科学省のグローバルCOEプログラム、及び、理化学研究所のSACLA利用装置提案課題の助成を受けました。
参考図
SACLAと集光鏡を組み合わせることで、SACLAが発する強烈なXFELの密度をさらに4万倍に向上することができ、人類が手にしたことのない超高強度のXFELによって新しいサイエンスが切り拓かれる。
大阪大学と理化学研究所が協力し、大型集光鏡を原子レベルの凹凸まで超精密にコントロールし作り上げた。
集光鏡の姿勢を精密に制御しなければならない。集光鏡は真空容器の中に入れて使用する。鏡をXFELに対して所定の角度や位置に調整した後に、角度換算で1/10000度以下で静止することが求められる。
XFELで世界最強の集光ビームの強度分布を測定した結果、横方向0.95マイクロメートル、縦方向1.20マイクロメートルのサイズを達成した。
図5 超高強度X線自由電子レーザー集光ビームを試料に照射し得られた蒸発痕
集光ビーム強度が非常に高いため、照射された材料は、一瞬にして蒸発する。図は白金に照射した痕を電子顕微鏡で観察した像。試料に照射した集光ビーム強度は、(a)0.09μJ、(b)0.30μJ、(c)7.6μJ。(a)集光サイズとほぼ同じサイズの蒸発痕。照射する強度を調整することで、集光ビームのサイズを見積もることができる。(bとc)さらに強度を上げると、マイクロビームが照射した周辺も巻き込んで爆発的に材料が蒸発する。
用語解説
※1 X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)施設SACLA(さくら)
SACLAは SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserに由来する施設の愛称。2012年3月供用開始。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。X線自由電子レーザーとは、X線領域の波長をもつレーザーのことである。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。XFELの光の特徴は、次の(1)から(4)の全ての性質を同時に備えている点である。
(1)物質を構成する最小単位である原子とほぼ同じ、微小なサイズ(100億分の1メートル)の波長をもつこと(X線であること)
(2)光の波が完全にそろっていること(レーザーであること)
(3)非常に高い輝度をもつこと(大型放射光施設SPring-8※6よりも10億倍の明るさ)
(4)超短パルス光であること(カメラのフラッシュのように光の時間幅が短い(100兆分の1秒)こと)
※2 ELID(Electrolytic In-process Dressing)研削法
理化学研究所で開発された高効率・精密鏡面加工法。研削加工において、加工工具である砥石には、砥粒としてダイヤモンドなどの硬い微粒子が混ぜられて用いられ、これを高速で回転させて材料を削りながら加工する。通常の研削加工においては、加工が進むにつれて、砥石表面の砥粒の摩耗や、目詰まりが起きることで、砥石の切れ味が悪くなる。これに対し、ELID研削法では、金属などの導電性の材料に砥粒を混ぜた砥石を使用する。これにより、材料を研削加工中、同時に、電界により砥石表面の導電性材料を除去することで、砥石の切れ味のよい状態を保ちながら、研削加工することが可能になる。このようなメカニズムを利用することで、微小な砥粒を含む砥石により、安定かつ高速な精密鏡面加工を実現している。
※3 EEM(Elastic Emission Machining)加工法
大阪大学で開発された超精密表面加工法。微粒子と加工する材料の固体表面間の化学反応により、材料表面が原子単位で除去加工される。材料表面への反応性微粒子の供給量を精密にコントロールすることで、任意の形を持った目標形状を達成できる。材料表面に不要な力を加えず、化学反応を利用することで、材料表面の原子配列を乱すことなく、原子レベルの凹凸の精度を持った滑らかな表面の作製が可能である。
※4 集光強度(6×1017W/cm2)
集光ビームのエネルギーの大きさを示す指標として、W/cm2(ワット 毎 平方センチメートル)の単位が用いられる。これは、「1平方センチメートル」あたりに通過するエネルギー量を「ワット」で表すものである。例えば、一般家庭のホットプレートが1000ワットの発熱エネルギー量で、面積が30センチメートル角の場合、面積は900cm2であるのでエネルギーの大きさは約1W/cm2である。今回実現した超高強度マイクロビームは、これに対して約60京倍(1兆の60万倍)の強さとなる。
※5 極限状態の創出
XFELの極めて明るい「光」、すなわち、「エネルギー」を利用することで、今までには実現できなかった超強力なエネルギーの状態を発生することができる。これにより、未知の物理現象の発見や、基礎科学の開拓、通常は起こらない特異な物理現象(X線非線形光学)の理解につながる。例えば、宇宙空間における激しい反応状態を作り出すことや、物質・反物質が何もない空間から生まれる「真空崩壊」に迫ることができる。
※6 大型放射光施設SPring-8
SPring-8はSuper Photon ring-8 GeVに由来する施設の愛称。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。SACLAとSPring-8は同じ敷地内にある。世界最高性能の放射光を発生することができ、1997年より大学、研究機関や企業等に開放された。放射光とは、光とほぼ等しい速度に加速した電子を磁石により曲げることで発生させる電磁波のこと。SPring-8では、赤外線から可視光、軟X線・硬X線に至る幅広いエネルギー領域の強力な放射光を利用できる。この放射光を利用し、原子核の基礎研究から、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用、医学応用、科学捜査まで幅広い研究が行われ、日本の先端科学・技術を支えている。
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