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安価で高性能なリチウムイオン二次電池正極材料の開発に成功【産総研】
2011年10月12日
-リチウムイオン二次電池用のコバルトやニッケルを含まない正極材料-
ポイント
● 湿式化学製造法によりリチウム、鉄、チタン、マンガンからなる新たな酸化物正極材料を開発
● 希少金属のコバルトやニッケルを含まず、既存正極と同じ電位範囲で良好な電池特性を実現
● 鉄やチタンの活用で電気自動車などのリチウムイオン二次電池の省資源化、コスト低減に期待
概要
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ユビキタスエネルギー研究部門【研究部門長 小林 哲彦】イオニクス材料研究グループ 田渕 光春 主任研究員は、先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】結晶制御プロセス研究グループ 秋本 順二 研究グループ長および株式会社 田中化学研究所【代表取締役 田中 保】(以下「田中化学」という)技術開発部技術開発5チーム 今泉 純一 チームリーダーと共同で、酸化物中全遷移金属量の30%に、安価で資源的にも豊富な鉄を用いた、二種のリチウムイオン二次電池用新規酸化物正極材料Li1+x(Fe0.3Mn0.7)1-xO2とLi1+x(Fe0.3Mn0.5Ti0.2)1-xO2)を開発した。
これらの正極材料は、化学組成を最適化し、還元焼成を含む湿式化学製造法を用いて作製した。室温での初回充放電効率(図(左)の下限電圧2.0 Vにおける規格化放電容量値)は、既存正極材料並みの約80%にまで向上させることができた。
今回の開発品は、約250 mAh/g以上の高い初回充放電容量を確保しており(図(右))、既存正極材料並みの性能でかつ希少金属のコバルトやニッケルを含まないため、電気自動車などのリチウムイオン二次電池の省資源化・コスト低減への貢献が期待される。
この技術の詳細は平成23年10月17~20日に東京都江戸川区で開催される第52回電池討論会で発表する。なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託研究「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発(Li-EADプロジェクト)-高容量・低コスト新規酸化物正極材料の研究開発-(平成19年度~23年度)」により実施しているものである。
図 今回開発した2種類の正極材料の初回充放電特性比較(左)と20サイクルまでの充放電サイクル特性(右)
開発の社会的背景
最近の省エネルギー・省資源に関する意識の高まりから、電気自動車やハイブリッド車が注目され、普及が進んでいる。リチウムイオン二次電池は、電池重量あたりに貯蔵・放出できる電力量(エネルギー密度)が他の二次電池系に比べて特に優れているため、車載用として最も期待されている蓄電池の一つである。また、風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーと組み合わせた定置用蓄電システムなど、電池の大型化が必須の応用も検討されている。
車載用リチウムイオン二次電池には、安全性を確保しつつさらなる高性能化、低コスト化が求められている。コスト低減には、安価な電池構成部材への代替が必要であり、中でもリチウムイオン供給源の役割を担う正極材料は、構成部材の中で最も高価なものの一つであり、しかも電池容量や作動電圧を決定づける重要な構成部材である。従って、安価で高性能な正極材料の開発が強く望まれている。
研究の経緯
産総研ではリチウム電池用正極材料として、従来活用が困難とされてきた、最も安価で資源的に豊富な鉄やチタンを含む正極材料の開発を行ってきた。その中で、多くのリチウムを含有するリチウムマンガン酸化物(Li2MnO3)を基本とするリチウムマンガン系酸化物正極材料を開発してきた(2004年10月21日、2006年11月6日産総研プレス発表)。また、田中化学とともに、その放電電圧(3V)を、現行の正極材料の放電電圧(4V)に近づけるために、鉄およびニッケル置換リチウムマンガン系(FNM系)酸化物正極材料(Li1+x(Fe0.2Ni0.2Mn0.6)1-xO2、平均放電電圧3.5V)を開発した(2009年8月17日産総研・田中化学共同プレス発表)。
さらなるコスト低減・高性能化には、構成金属元素の中で最も高価なニッケルを含まない正極材料が望ましく、鉄置換リチウムマンガン酸化物(FM系)正極材料と鉄およびチタン置換リチウムマンガン酸化物(FMT系)正極材料の開発を行ってきた。
研究の内容
開発の中で特に重要なのが、室温における初回充放電効率であり、既存正極の電位範囲2.0-4.8Vにおいて、実用化するには少なくとも80%以上が必要である。今回のFM系、FMT系2種の正極材料開発においては、高容量化と高い初回充放電効率およびリチウムイオン二次電池構成におけるサイクル劣化抑制の実現のため、金属元素配合比の最適化と化学組成の最適化のための新製造技術を適用した。
金属元素配合比の観点からは、リチウム以外の金属元素の中での鉄の含有量をFM系、FMT系ともに30%とした。これは充放電特性からみた鉄導入量の最適値が30%であったためであり、FM系正極材料の組成をLi1+x(Fe0.3Mn0.7)1-xO2(0<x<1/3)とした。この最適値以上の鉄を導入すると充放電容量が低下する傾向があり、最適値以下では、充放電サイクル特性が悪化する傾向が見出されている。
FMT系正極材料では、チタン含有量を20%とし、その分マンガン含有量をFM系の70%から50%に低減して、組成はLi1+x(Fe0.3Mn0.5Ti0.2)1-xO2(0<x<1/3)とした。これは、チタン導入とともに充放電容量が低下する傾向があるがその低下量は後述の産総研の製造法の適用により最小限に抑制可能なこと、米国アルゴンヌ国立研究所の研究報告から、マンガンの一部が炭素負極適用時に溶出するため、充放電サイクル時に充放電容量低下が著しいことがわかり、マンガン含有量を低減することによりサイクル時の容量低下を回避するためである。
化学組成の最適化のため、新製造技術を適用した。構成金属元素が均質化された材料作製を可能とする湿式化学製造法(共沈-焼成法:従来製造技術)を基本とし、焼成後の粉末にもう一度低温(400℃)で有機物を共存させて還元焼成を行った。還元焼成は、鉄イオン価数を3価のみに制御するために行った。新製造技術は、ニッケルを含むFNM系の場合と異なり、共沈物作製後の水熱処理を省き、より工業的に製造しやすい作製方法である。
既存正極材料(コバルトおよびニッケル置換リチウムマンガン酸化物、組成式Li1.2Co0.13Ni0.13Mn0.54O2、以後CNM系、有望な次世代高容量正極材料といわれている)と同じ電位範囲(2.0-4.8V)の30℃における初回充放電特性を図1に示す。
図1 今回開発した2種類の正極材料の初回充放電特性比較
(負極材料は金属リチウム、電位範囲2.0-4.8V)
図1では初回充電容量を100%として規格化している。今回開発品の充電容量、放電容量はFM系の場合、それぞれ297 mAh/gと251 mAh/gであった。初回充放電効率は、84%を達成した。FMT系の充放電容量はそれぞれ294 mAh/gと246 mAh/gであった。初回充放電効率は84%と、FMT系でも同様に良好な特性が得られた。還元焼成を用いない従来製造法適用の場合は、初回充放電効率は約60%程度と低いため、このような大幅な特性改善は、還元焼成を用いた新製造法適用の効果が大きいと考えられる。
図2 今回開発した正極の30℃における20サイクルまでの充放電サイクル特性
(負極材料は金属リチウム、電位範囲2.0-4.8 V)
今回開発品の20サイクルまでの充放電サイクル特性を図2に示す。2サイクル目以降、20サイクルまで充放電曲線形状は相似形に近いこと、20サイクル後放電容量の初期放電容量に対する維持率がFM系で88%、FMT系で87%と高いことから、リチウムイオン二次電池系正極として優れた潜在能力をもつことがわかる。
今回得られた正極材料の性能やコストが、既存正極材料(CNM系)や前回開発品(FNM系)に対しての優位性があるのか検討した結果を表1に示す。なお、CNM系の充放電データは文献値を使用した。また放電エネルギー密度は平均放電電圧と初期放電容量の積に相当する。原材料費は、各材料系の組成式と原料試薬価格より算出した。
表1 今回開発した正極と既存正極、前回開発品との充放電特性とコスト比較
表1のとおり、今回開発品は、放電エネルギー密度の観点からはCNM系、FNM系に比べて劣るものの、1kg製造時の原材料費としては両者に比べて安価なため、エネルギー密度あたりの原材料コストも低い。この点から、FM系、FMT系はFNM系とともに有望な正極材料系である。既存のCNM系に対するFM系、FMT系のエネルギー密度あたりの原材料コスト低減効果は、それぞれ32%、27%と見積もられた。
今回の計算には製造時のプロセスコストが含まれていないため、実際の製造コストの低減効果は、より小さくなるものの、今回開発品が、CNM系と同じプロセスコストで製造できれば、資源的に豊富な金属元素だけからなる低コストの正極材料が得られ、結果として車載用電池などの省資源化およびコストの低減への貢献が期待できる。
今回開発品のうちFMT系に対してリチウムイオン二次電池の実用セル構成である炭素負極を用いて、充放電サイクル試験を行った結果を図3に示す。
図3 今回開発した正極(FMT系)の30℃における20サイクルまでの充放電サイクル特性
(負極材料は炭素材料、電位範囲1.8-4.6V)
図3より、チタンを含むFMT系では2サイクル目以降の充放電容量低下が20サイクル程度までほとんど見られないことが判明した。このことは、FMT系が実用電池構成時に優れた充放電特性を示すことが期待できる有望な正極材料系であることを示している。FM系では現状、FMT系ほどの良好なサイクル特性は得られていないが、初期充放電容量はFMT系より高いので、今後、作製条件のより詳細な検討を行い、サイクル特性改善を目指す。
今後の予定
今後は、今回開発品のさらなる充放電特性改善のため、高容量化やサイクル劣化抑制に取り組む。併せてkgオーダー製造技術に取り組み、2013年頃を目処に電池メーカーなど産業界に提供することを目指す。
用語の説明
◆ リチウムイオン二次電池
現行の二次電池の中で最も高い作動電圧(3-4 V)をもち、正極材料にコバルト酸リチウムなどのリチウム含有遷移金属複合酸化物、負極材料として黒鉛系炭素材料、非水系電解液を構成材料とした二次電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することにより電池として作動する。1990年代初めに日本で実用化され、電池体積あるいは重量当たりに取り出せる電気量(エネルギー密度)が他の二次電池系に比べ格段に大きく、携帯電話、ノートPCなどのモバイル機器の電源として必要不可欠なものとなっている。生産の多くは日本の電池メーカーが行っているが最近は諸外国企業からの追い上げが激しくなっている。
◆ 正極材料
電池の+極側を構成する材料。リチウムイオン二次電池の場合、負極にリチウムイオンを含まない炭素材料を用いるため、正極材料にはコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、リチウムマンガンスピネル(LiMn2O4)などのリチウムイオンを含む遷移金属酸化物が用いられている。現行電池では、ほとんどがコバルト酸リチウムが採用されているが、最近のコバルト原料価格の高騰や電池のコスト低減の要求に応えるため、正極内のコバルト量低減のために、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2やLiNi1/2Mn1/2O2が検討されている。正極材料の充放電時のリチウムイオン出し入れの量が電池の容量を、出し入れ時の電圧が電池電圧を決定づけるため、正極材料開発はリチウム二次電池の中で特に重要である。
◆ 還元焼成
物質から酸素を奪う(本材料系の場合構成金属元素の価数を低減する)ために行う焼成。
◆ 湿式化学製造法
構成金属出発原料として液体を用いる物質の製造方法。
◆ 初回充放電効率
初回充放電時の充電容量に対する放電容量の割合。この値が100%に近いほど正極材料としての特性に優れていることを示す。
◆ 充放電容量
二次電池の充電・放電時に消費したり取り出したりできる電流値と時間の積(mAhあるいはAhで表記)。正極材料に関しては、正極材料重量当たりとしてmAh/gとして表す。この値が大きいほど性能が良いことを示す。リチウムイオン二次電池正極材料の場合、正極材料から可逆的に脱離(充電時)・挿入(放電時)できるリチウム量に対応している。
◆ 共沈-焼成法
構成金属塩の水溶液を用いて、アルカリ溶液などを用いて沈殿物を作製し、その沈殿物を熟成後、リチウム塩とともに焼成することによって目的物質を得る方法。
◆ 水熱処理
2種以上の原料を含む溶液を密閉容器内に入れ、水の沸点(100℃)を超える温度で加熱後冷却することにより両者を液相中で溶解・反応析出させて均一な生成物を得る方法。上記の共沈工程で完全に金属イオン分布を均質化できない場合でもこの方法でより均質化できる。
◆ プロセスコスト
原料混合、焼成時の操作に必要な電気代などのコストや人件費など別途製造時に必要なコストのこと。
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