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次世代蓄電池用セラミック電解質シート【産総研】
2011年9月14日
-高いリチウムイオン伝導率を示す柔軟で薄い大面積シート-
ポイント
● 耐水性・熱安定性が高く、室温で1×10-3 S/cmのリチウムイオン伝導率を実現
● 従来品に比べて製造エネルギーを大幅に低減
● 次世代蓄電池として期待されるリチウム-空気電池開発を加速する可能性
概要
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山宣光】機能集積モジュール化研究グループ 濱本 孝一 研究員および藤代 芳伸 研究グループ長は、室温で高いリチウムイオン伝導性を示す、セラミック電解質シートの開発に成功した。
今回、開発したセラミック電解質シートは、新たな焼成プロセス技術によって従来困難であった粒界抵抗の低減を実現し、室温で高い総合伝導率(1×10-3 S/cm)を示す。また、大面積で薄い電解質シートを従来よりも少ない製造エネルギーで作製することができる。このため、安全性の高い全固体型のリチウムイオン電池用のセラミックス電解質として期待される。さらに、耐水性に優れているため、次世代蓄電池として期待されているリチウム-空気電池の電解質材料として利用でき、高性能蓄電池開発を大きく加速させる期待ができる。
開発の社会的背景
リチウムイオン電池は、高いエネルギー密度や高電圧などの優れた特性をもつため、小型携帯型情報端末機器で広く利用されている。今後は、自動車等の輸送機器、電力貯蔵・負荷平準化、産業用機械・工作機械等に、大型リチウムイオン電池の本格的な使用が予想され、より一層の安全性確保が求められている。リチウムイオン電池の安全性向上には、固体電解質の利用が有効と考えられている。中でもセラミック電解質は、高密度で不燃性や長期安定性に優れるため、その応用が期待されている。現状では有機電解質並みの高いリチウムイオン伝導性をもつ硫化物系セラミック電解質が有望視されているが、薄膜等での機械的強度が低いこと等、大型化への課題が残っている。また、耐水性が低いため次世代の高性能電池として期待されているリチウム-空気電池への応用は難しいと考えられる。
セラミック電解質の中で、例外的に耐水性の高い材料として、NASICON型の結晶構造をもつLTAP系のガラスセラミック電解質が開発されているが、それを材料とした既存の製品では、結晶粒子内部のリチウムイオン伝導性は高いものの結晶粒子間の伝導性が低いために、多結晶体としての総合伝導率が室温で1×10-4 S/cm程度と低いことが問題であった。このため、実用化に向けて伝導率の向上が望まれていた。さらに、製造エネルギーが大きいこと、大面積で薄く平坦なシート状の材料の作製が難しいなどの問題もあった。
研究の経緯
産総研では、イオン伝導性をもつセラミックスに着目して、次世代自動車用や移動体向けの小型電源として応用可能な、新規ハイブリッド電源技術に関する研究を行っている。これまでに、酸化物イオン伝導性セラミックスを利用した高性能マイクロSOFC技術(Science 2009、産総研TODAY 2011 Vol.11 No.08)など、多種類の燃料を利用できる高効率エネルギー変換技術を開発している。今回、これらと組み合わせて使用する革新的蓄電池のための、室温で高いリチウムイオン伝導性を示し、耐水性のある大面積シート状セラミック電解質の製造プロセス技術の研究開発を行った。
研究の内容
本研究は、全固体型のリチウムイオン電池だけでなく、理論上リチウムイオン電池よりもはるかに大きいエネルギー密度を有するリチウム-空気電池への応用も視野に入れて、耐水性の高い、NASICON型結晶構造のLTAP系のセラミックスに注目した。従来技術では、NASICON型結晶構造をもつLTAP系ガラスセラミック電解質は、原料を1400 ℃程度の高温で溶融し、これをガラス化させた粉末を電解質シートや電解質基板の作製に用いている。今回、固相反応を利用しながらも低温で結晶化させた粉末を電解質シート作製の原料として直接使用し、さらに相分離を利用した焼成技術を開発することにより、従来よりも平滑で薄く、大面積のNASICON型結晶構造をもつLTAP系セラミック電解質シートについて、製造エネルギーを大幅に低減しながら作製することに成功した。同時に、このプロセスでは、これまでセラミック電解質において問題であった結晶間の粒界抵抗を大幅に低減することができ、多結晶体でありながら材料が本来持つ結晶粒内のイオン伝導率に近い総合伝導率を実現した。開発したセラミック電解質シート(図1)は、室温で高い総合伝導率(1×10-3 S/cm)を示す(図2)だけでなく、耐水性が高く、高温域(800 ℃まで安定)での利用も可能である。
また、曲げ応力に対して十分な強度をもち、厚さ 80 マイクロメートル(µm)のセラミック電解質シートの場合、曲率半径 5cm 程度の曲げを繰り返し加えても破壊することがなかった(図3)。移動体の電源として使用する場合に問題となる振動等の外部応力に対しても柔軟に対応できると予想される。
畜電池用固体電解質として機能することを確認するために、今回開発したセラミック電解質シートにオリビン型リン酸鉄リチウム正極を塗布し、有機電解液含有ポリマーフィルム、金属リチウム箔負極を用いてコイン型のリチウムイオン電池を作製した。このコインセルを用いて充放電サイクル試験を行ったところ、5サイクル目の充放電で、リン酸鉄リチウムの理論容量の85%程度の放電容量を示し、固体電解質として有効に機能することが確認された(図4)。
今後の予定
開発した組成のセラミック電解質では、金属リチウムと電解質を直接接触させた場合、含有するチタンが劣化の因子となることが分かっており、現状の蓄電池作製には有機電解液含有ポリマーフィルムを使用する等の工夫が必要である。今後は、金属リチウムに対して高い耐性を有するがイオン伝導率が低いために実用には適さないと考えられている電解質材料に対して本製造プロセスを適用することで耐食性のある高リチウムイオン伝導性保護膜を実現し、全固体型のリチウムイオン電池およびリチウム-空気電池の試作・実用化に向けた研究開発を進める予定である。
用語の説明
◆ セラミック電解質、固体電解質
電解質とは塩化ナトリウム(NaCl)のように、水に溶かしたときにイオンになるものをいう。電解質の水溶液は電気(イオン)が流れるが、固体状態のままでイオンが流れる(移動する)物質を「固体電解質」という。「セラミック電解質」とは固体電解質のなかで、その材料が金属の酸化物や炭化物、ホウ化物、硫化物等の無機化合物で構成されているもの。
◆ 総合伝導率
リチウムイオン伝導性のセラミック電解質は、結晶粒子内部と結晶粒界部分のイオン伝導率が異なる場合が多く、一般的に結晶粒界部分のイオン伝導率が低い(抵抗が高い)。材料によって異なるが、結晶粒内部と比較して、結晶粒界部分のイオン伝導性は、数倍から数百倍低い。そのため、結晶粒界部分のイオン伝導性の向上が求められていた。総合伝導率とは、多結晶体であるセラミック電解質において、結晶粒内と結晶粒界部のイオン伝導率を総合した、試料全体の伝導率を表すもの。
◆ 全固体型リチウムイオン電池
現行のリチウムイオン電池の有機電解液(可燃性)を固体化し、安全性を高めた新世代のリチウムイオン電池。電解質材料として、ゲルポリマー材料、有機系・無機系固体電解質材料等がある。無機系固体電解質としては、イオウ含有ガラスやイオウ系非晶質電解質(Li2S-P2S5)、窒化リチウム(Li3N)、ガーネット型構造をもつLi7La3Zr2O12、NASICON型の結晶構造を持つLi1+x+yAlxTi2-xSiyP3-yO12(x=0.3,Y=0.2)などが知られている。
◆ リチウム-空気電池
リチウム-空気電池とは、理論上リチウムイオン電池よりもはるかに大きいエネルギー密度を有する。金属リチウムを負極活物質とし、空気中の酸素を正極活物質とし、充放電可能な電池を指している。リチウムは金属のうち最もイオンになりやすくこれを負極として用いると、正極との電位差が大きく、高い電圧が得られる。また原子の大きさが小さいため質量あたりの電気容量をかせげる。正極の活物質である酸素は電池セルに含める必要がないため、理論上リチウムイオン電池よりも大きな重量エネルギー密度(Wh/kg)を期待でき、自動車用電池として研究されている。
しかしながら、水、窒素、酸素との反応性が高い金属リチウムを負極として用いるため、大気に解放した正極から水などの侵入を防ぐ必要があり、リチウム-空気電池の電解質材料には耐水性や、ガスを通さない気密性等が求められる。
◆ NASICON型結晶構造
NASICON型結晶構造とは、M2(XO4)3(M : 遷移金属、X : S、P、As、Mo、W等)で表される化合物であり、MO6八面体とXO4四面体が頂点を共有して3次元的に配列した構造をもつ。結晶構造中に大きな空隙、ボトルネックをもつことが多いため、このような構造はリチウムイオンやナトリウムイオンなどのカチオンのホスト材料になり得る。
◆ LTAP系ガラスセラミック電解質
Li1+x+yTi2-xAlxP3-ySiyO12(x=0.3、y=0.2)に代表される構造式で表されるNASICON型と呼ばれる結晶構造をもつガラスセラミック電解質。リチウムを含むセラミックスは、一般的に吸湿性で水に不安定であるが、LTAP系ガラスセラミック電解質は例外的に水に対して安定性を示す。
ガラスセラミックスは、非晶質であるガラスに、熱処理などを行うことによって微結晶を発生させたもの。従来の電解質作製では、高温で溶融した原料を急冷することで得た非晶質の粉末を利用して基板やシート状の成形体を作製し、その後、結晶化のための熱処理を施して電解質シートを得る。今回開発した作成法では、低温で結晶化させた原料を用いてシート形成・熱処理を行うため、製造のためのエネルギーを大幅に低減することが可能となった。
◆ ハイブリッド電源技術
高効率な発電と高容量な蓄電の機能を一つに融合した新たなエネルギーシステム。産総研では、エネルギー効率が高い発電機である多種類の燃料に対応可能な固体酸化物型燃焼電池(SOFC)と高温作動と高いエネルギー密度を両立できる全固体型のリチウムイオン電池を組み合わせた、次世代自動車用や移動体向けの小型電源として応用可能な新規電力システムの開発を目指している。
◆ 革新的蓄電池
ガソリン車並みの航続距離を持つ電気自動車の実現のためには、現在の蓄電池の5倍から7倍の容量が必要であるとされている(出典:経済産業省「次世代自動車用電池の将来に向けた提言」平成18年8月)。この目標を実現するために、全固体型リチウムイオン電池やリチウム-空気電池といった革新的な蓄電池の開発が求められている。
◆ オリビン型リン酸鉄リチウム
リン酸鉄リチウム(LiFePO4)は、結晶構造が強固で、高温においても熱安定性が高いリチウムイオン電池用の正極材料で、その理論容量は171mAh/g。コバルト等を使用する正極材料よりも資源的な制約が少なく、実用化も進んでいる。
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