最前線コラム

歩行者を守る脚部インパクターの開発【ヒューマネティクス・イノベーティブ・ソリューションズ・ジャパン】

株式会社ヒューマネティクス・イノベーティブ・ソリューションズ・ジャパン

歩行者保護脚部インパクターは、時速40 キロで走行する自動車事故の際の下肢の傷害を評価するため2000 年に日本で開発された。改良を重ねた結果、人骨のしなりを模擬的に再現できるさらに高精度な脚部インパクターとなった。

開発の経緯

社団法人日本自動車工業会(JAMA)と財団法人日本自動車研究所(JARI)は2000 年に自動車事故の際の下肢傷害を評価する歩行者用脚部インパクターの開発に着手した。当時、脚部インパクターには、長い剛体が骨部として使用されていたため、柔軟性のある骨部で生体忠実性を高めることが検討された。Flex-PLI 脚部インパクターは2002 年に初期設計機が、2006 年にはFlex-GT 版が利用可能となった。また2005年9 月には国連の自動車基準調和世界フォーラムの衝突安全専門部会(UN/ECE/WP29/GRSP)に産官の関係者からなる非公式な技術評価グループ(Flex-TEG)が発足し、世界的な歩行者安全の技術法規(PS-GTR)に向けた法規試験認証ツールとして脚部インパクターの評価が行われた。アメリカのFTSS 社(現ヒューマネティクス・イノベーティブ・ソリューションズ社)はダミーメーカとしてこの評価グループの一員を務め、GT版設計の見直しと製造を行った

改良を重ね生体忠実性が向上

図1 FLEX-PLI-GTR

2007 年8 月に始まった見直しによっていくつもの改良すべき点が明らかになり、2008 年4 月にはFlex-PLIGTR設計案が承認された(図1)。全体的な設計、寸法、質量、素材などをできるだけ維持することで従来の試験性能を変えず、既存の試験データの有効性を存続できるようにした。
Flex-PLI-GTR は右側からの衝突を想定した50 パーセンタイル男性の脚部を表現している。人骨のしなりを模擬的に再現し、歩行者の下肢および膝の傷害を評価することができる。試験では、静止している車両のバンパに向かって、時速40 キロでリニアガイドの付いた射出機から発射される(図2)。
新しくなった脚部インパクターでは、カーブした車のバンパ上で脚部が左右対称の結果を得られるように膝靭帯のたわみセンサを中央に配置するようにした。また膝の2 つのコンポーネントのねじれを避けるため、膝関節の膝十字靭帯のばね力のバランスを良くし、さらに骨部の複数のひずみゲージにフルブリッジを導入するなどの改良がなされている。
その結果、骨部の張力歪みと圧縮歪みの両方を利用することによって電圧出力が増え、ゲージは伸びや温度に反応しにくくなった。また取扱いやすさも向上した。

図2 脚部インパクターと自動車のバンパの衝突

ケーブルレスで飛行が安定

図3 Flex-PLI-GTR 動的検定試験機

Flex-PLI-GTR は内蔵データ収集装置(オンボードDAS)を搭載することもできる。内蔵データ収集装置を使用すれば、外へ出すケーブルが不要となり自由飛行の安定性が高まる。また試験時のデータ損失の原因となるケーブルの損傷もない。
FTSS 社では内側の骨部、大腿、膝、下肢のアッセンブリの準静的検定試験方法についても見直しや改良を重ねた。改良を行った動的検定試験機は、実際に近い荷重をかけることができるようになり、また試験の再現性も向上した(図3)。

計測チャンネル

脚部インパクターの標準的な計測器は12 チャンネルある。大腿部(3 個所)と下脚部(4 か所)のフルブリッジひずみゲージは骨部に沿って等間隔で取り付けられ、曲げモーメントを計測する。さらに膝には靭帯の伸び量を計測する4 つのストリングポットが取り付けられている。そして膝下に取り付けられた加速度計が衝突方向の加速度を計測する。追加的に、加速度計や角速度計を取り付けることもできるが、こちらは研究を目的とした使用が推奨されている。
脚部インパクターの骨部は、ファイバ強化した内側の骨部と強化プラスチック製のセグメントに分かれたアッセンブリで構成されている。個別に校正を行って感度を証明したひずみゲージが、骨部にボンド付されている。ステンレス製ワイヤが骨部に過度な応力をかけないようにするので、傷害閾値の骨部の曲げは制限されている。
セグメントを等間隔で接続するリンクが使われ、ラバーバッファによってセグメント同士が接触しないようになっている。すべてのサブアッセンブリはバイオメカニカルなコリドーに準じて検定試験が行われる。
膝は上部・下部の2 つの部位で構成されている。靭帯を模擬的に再現した膝の関節部は、スプリングとワイヤを使用した柔軟な構造である。スプリングは靭帯の負荷や可動範囲の条件に合う設計で、膝にもバイオメカニカルなコリドーに準じた検定が行われる。膝上部の両側にはデータ収集装置が内蔵され(オンボードDAS)、膝下には内蔵型から非搭載型(オフボードDAS )への切り替えを可能にするコネクタ・ブロックが取り付けられている。配線や電気機器はサイドカバーで保護されている。
フレッシュ(肉付け)はゴムとネオプレンフォーム製のシートでできている。ゴムの大部分が大腿部に使われ、人間の大腿に似た応答、質量分布になっている(図4)。
図4 中カバーを装着したFlex-PLI-GTR のフレッシュシステム 図4 中カバーを装着したFlex-PLI-GTR のフレッシュシステム

高い機能性を持つ内蔵データ収集装置

図5 Messring 社 M=BUS(左) / 図6 DTS 社 SLICE(右)

FLEX-PLI-GTR には、Messring 社製内蔵データ収集装置M=BUS(図5)、またはDTS 社内蔵データ収集装置SLICE(図6)を搭載することができる。
M=BUS は40×25x14mm の独立した6 チャンネルデータロガーである。ターミネータを取り付けた小型同軸ケーブルを使えばデイジーチェーン接続ができ、システムの統合性や質をチェックができる。Flex-PLI-GTR の標準計測の場合、膝上の両側に内蔵する2 ユニットが必要となる。専用のバッテリが取り付けられており、17秒分の記録を行うことができる。この内蔵システムは、脚部インパクター射出時の切り離しがスムーズである。データは、試験後の再接続でMessring 社のソフトウェアCrash Soft をインストールしたパソコンにダウンロードされる。すべての計測チャンネルの同期はマスタースレーブ方式によって保証されている。
一方DTS 社のSLICE Nano データレコーダは必要なチャンネル数を提供するユニットを積み重ねたモジュラーシステムである。Base Slice(31×26x6.5mm) にはプロセッサとメモリが内蔵され、最上部に重ねられたBridge SLICE(31×26x5.5mm) がチャンネル機能を果たす。1 つのBase SLICE には10 個までのBridge SLICE を接続することができ、最大30 チャンネルまで使用できる。
Flex-PLI-GTR 内部はスペースが限られているため、2つのBase SLICE が必要になる。それぞれを6 チャンネルのBridge SLICE に重ねる。プロトタイプでは、切断後すぐに再充電できるよう、2 つの超コンデンサを使用したが、将来的にはバッテリを使用する。システムは射出後に再接続し、試験データはDTS 社のソフトウェアにダウンロードされる。
なお従来のケーブルを介して接続する外置型データ収集装置(オフボードDAS)も使用できる。

 


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※こちらの内容は,公益社団法人自動車技術会発行誌「テスティングツール最前線2011」(2011年4月1日発行)に掲載しております。