最前線コラム

生活を大きく変える二次電池 SCiB(TM)【東芝】

平成23年度第4次補正予算においてエコカー補助金(環境対応車導入普及促進対策費)が盛り込まれた。エコカー対象自動車の中でも電気自動車(以下EV)は環境に適合した車両として注目されているが、EVの進化のために二次電池は重要な役割を持っている。一方、我々の生活、社会、産業において電気エネルギーへの依存度も非常に高く、電力系統安定化のためにも二次電池の役割が非常に大きくなっている。このような状況において、平成24年1月6日、蓄電池産業の戦略を官民で検討するため、経済産業省に「蓄電池戦略プロジェクトチーム」が設置されるなど、多方面から二次電池への技術革新と利用促進が期待されている。
その期待に応えるソリューションとして東芝の二次電池SCiBTMは、自動車、電力活用の分野において求められる、安全性能、急速充電性能、低温性能、卓越した長寿命性能を備えている。本稿では、最新のSCiBTMの製品である20Ahセルおよび自動車分野、産業分野への適用状況を紹介する。

はじめに

自動車は、我々の生活になくてはならない移動/輸送手段である一方、莫大な化石燃料エネルギーを消費することにより、環境問題の一要因となっている。環境意識の高まりと各国のCO2排出量規制への切り札として2010年頃よりEVが本格量産期に入っておりその動向が注目されているが、EVは二次電池に貯えられた電気をエネルギーとする構造上、二次電池により航続距離、出力およびコストが事実上決定されると言っても過言ではない。
一方、人々の生活また産業分野において電気を利用した機器が増加し、その重要性が高まっており、現代社会はいつでも必要な量の電力を消費できるという前提で社会が営まれている状況にある。
このように電気に依存した生活スタイルに傾倒し安定した電力供給が当然と考えていたところで、昨年3月11日に東日本大震災が起こり、電気を取り巻く生活スタイルに大きな影響が出始めている。このような状況下で電気エネルギーを貯えて再利用可能な二次電池(充電式電池、蓄電池)は社会インフラで重要な役割を担うものとして、二次電池の進化が注目されている。
㈱東芝は、新しいタイプのリチウムイオン電池SCiBTM*を開発し市場に提供している。本稿では、SCiBTMと、SCiBTMの自動車分野、産業分野への適用状況を紹介する。
* SCiBTMは株式会社東芝の登録商標

SCiBTMセルの概要

SCiBTMは、従来のリチウムイオン電池(以下LIB)で負極に炭素系材料が使われているのと異なり、チタン酸リチウム(以下LTO)という新材料を使用している。当社では、2008年に量産を開始し、2011年に新工場である柏崎工場に20Ahセルをラインアップした。図1および表1に外観と仕様を記載する。

SCiBTMの特長として、長寿命特性、高入出力特性、低温性能、高い安全性がある。これらSCiBTMの特長をいくつか述べる。
負極材料であるLTOの第1の特徴は、炭素系材料に比べて充放電による構造劣化が少ない。よってSCiBTM 20Ahセルは、図 2のサイクル寿命試験データに示すように、3C(60A)の完全充放電を6,000サイクル行った後も、80%以上の容量を維持している。

第2にLTOは、急速にLi+イオンを出し入れできるという特長があり、SCiBTMは急速充電に適した電池である。図3の急速充電試験結果に示す通り約6分で全容量の80%を充電することが可能である。
さらにLTOは、低温での反応速度が安定しているため、図4の低温での放電試験結果に示す通り、SCiBTMは−30℃の環境下でも常温時に比べて80%の容量を放電することができ、低温特性に優れている。

ここまでは性能面からLTOの特徴を述べてきたが、安全性の面からもユニークな特徴を有している。LTOは元来絶縁体であるが、充電することでLTOにLi+イオンが吸蔵されて導電体に相転移する性質がある。このため、内部短絡が起きたとしてもLi+イオンがLTOから放出されることで材料自体が絶縁体になり、急激な短絡電流が流れることがなく発熱が抑えられる。
さらにLTOとLiイオンの反応はLi/Li+の反応に対し1.55Vと大きな電位差を持っている。これは低温での充放電や急速充電時に危険な金属リチウムが析出して安全性低下のおそれが原理的に小さいことを意味し、よって氷点下の環境下でも安心して充電を行うことが可能となっている。
このようにSCiBTMは負極材料にLTOを採用したことにより、長寿命、急速充電、低温特性、安全性と、車載用、産業用二次電池が基本的に備えているべき必要性能を有した電池といえる。

車載応用事例

当社では、先に紹介したSCiBTM 20Ahセルをベースにして、EV向けに2並列12直列モジュールを開発し量産している(図5)。本モジュールは、三菱自動車工業株式会社が2011年に製品化したi-MiEV(Mグレード)およびMINICAB-MiEV(CD10.5kWh)に搭載されている。表2に主な仕様を記載する。

i-MiEV(Mグレード)およびMINICAB-MiEV(CD10.5kWh)は共に1台あたり10.5kWhの電気エネルギーを有しており、JC08モードにおける走行距離はi-MiEV:120km/MINICAB-MiEV:100kmである。一日の自動車走行距離として全ユーザーの80%が40km未満であることを考えると、十分な走行距離と言えるが、外出先で充電が必要となった場合でもSCiBTMの急速充電性能を生かして電池容量の80%を15分で充電できるという仕様となっている。
自動車用途への対応に際して、LTO以外にもSCiBTMは多くの特徴を有している。電池の車載環境は非常に厳しく、搭載箇所が床下など狭い箇所に限られる。必然的に走行時の振動や衝撃への耐久性、温度管理、車両事故時の安全性確保が求められる。特に電池の温度管理については車両性能のみならず温度上昇による電池寿命への影響、冷却構造とエネルギー密度のトレードオフという複合的な観点からも重要な項目となっている。これに応えるべくSCiBTM 20Ahセルおよびモジュールは材料、電極、構造、接続方法の最適化により低内部抵抗を実現しており、充放電時の発熱が少ないという特長を有している。その実例としてEVで想定される最大負荷パターンで電池モジュールの負荷試験を行なったところ、セル温度が許容上限である60℃を超えないことを確認している。
安全性に関しても、車両での事故を想定したモジュールの押しつぶし試験、内部短絡試験(くぎ刺し)、強制外部短絡試験を実施しているが、結果の一例として内部短絡試験にて、発火、破裂、樹脂製筐体の変形等の異常は見られない。

EVの可能性

前記の通りEVは今や本格的な実用化の時期に来ているが、同時にユーザーよりEVへの不満な点の存在も明白となり、さらなる需要の増大のために解決すべき課題となっている。上記不満点の例としては、航続距離、車両価格、充電に要する時間を挙げることができる。特に航続距離に関しては前記の通り、ユーザーの80%が一日あたり40km未満という事実はあるものの、長距離のドライブ等を考慮するとEVを購入対象とするユーザーの割合はまだ低い状況にある。
これに対するSCiBTMを搭載したEV普及のためのソリューションとして以下を提案したい。

1)商用EVの普及 :
乗用車に比較してデリバリーバンのような商用車は一日あたり航続距離の変動が少なく、騒音や振動が少ないためにドライバーの疲労や住民への被害を軽減できる効果、また配送センターを充電ステーションとして活用できるというメリットがある。維持費の面からも、燃料として夜間電力を使用すればガソリンに比べて安価に抑えることが可能であり、環境面のみならず経済面からもEVを導入することで事業者がメリットを享受できるビジネスモデルが可能である。
上記においてEVに過剰量の電池を搭載することによる、車両コストおよび走行電費の悪化は考慮すべき重要なポイントである。すなわち、必要な走行距離に合わせて電池搭載量を決定すること、および投資回収の面で寿命性能の高い電池を選択することがEV設計の鍵であり、SCiBTMは最適なソリューションを提供することができると考える。

2)急速充電の実現 :
上記商用EV設計の鍵は必要量に見合った電池を搭載することを述べたが、不測の事態により電欠になることは十分に考えられる。また乗用EVの場合、長距離ドライブの際には途中での充電が不可欠であるため急速充電ステーションの普及はEV促進のための必要条件であることは明白であり、実際に官民の両面で充電ステーションの普及活動が進められているが、課題は電池の充電受け入れ能力にも存在する。30分〜1時間も充電に要するようでは多くのEVが普及した際には充電ステーションに充電待ちのEVが長蛇の列を作ることになりかねない。その面でも15分以内に充電できるSCiBTMは有効な解決策となる。

3)電池再利用システムの確立 :
新車として世に出たEVも数年後には中古車市場に出回ることになるが、その際の残存価値が安定していないようでは、ユーザーは新車を安心して購入することができない。EV中古車の残存価値は通常の自動車とは異なり、電池の劣化度合いに大きく左右されるためEV普及のためには、車両寿命と同等以上の寿命を持つ電池が求められるのは言うまでもない。
SCiBTMは、非常に優れた寿命特性を有している。その特性上、これを搭載したEVは中古市場でも高い価値を維持することが可能であり、さらにリースの設定が可能となればユーザーは比較的安価なコストでEVを使用することができる。そればかりではなく、耐用期間の終了したEVでも、内部のSCiBTMはまだ十分な寿命が残っているため、リース会社は電池をさらに再利用して家庭用の蓄電池システムに有効利用することも可能である。長寿命特性を持ち、劣化の少ないSCiBTMならではの活用モデルである。このような販売モデルによって、EVの販売価格の低減が促されて、普及していくと考えられる。

蓄電池システムへのSCiBTMの応用

2011年8月「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(以下、再生エネルギー特措法)が成立し、自然エネルギーを源とする風力発電、太陽光発電など比較的規模が小さい分散電源がますます増加すると予想される。また、家庭においても再生エネルギー特措法より以前から「太陽光発電の余剰電力買取制度」があり、環境意識の高まりとともに太陽光発電設備が個々家庭にますます普及すると予想される。しかし一方で自然エネルギー源は、天候の影響を受けて発電量が大きく変動しやすいという課題があり、このような分散電源が増加すると、電力系統の電圧変動や周波数異常が起こり、系統制御の安定性に影響が出ることが課題として考えられ、変動部分の吸収安定化のために二次電池の活用が期待されている。
また一日の中で昼間と夜間では大きな電力需要変動があり、夜間電力料金は昼間に比べて安価に設定されている。そこで夜間の電力を二次電池に貯めて昼間に使うことにより、発電の需給のバランスが良くなるばかりではなくユーザーが経済効果を享受することができる。
いずれのケースにおいても電池には高い入出力特性、高い信頼性、長寿命が求められるが、SCiBTMは上記すべての特性を有しており、このような用途にも最適な電池である。2012年4月にSCiBTMをベースにした家庭から産業そして電力系統を広くカバーするスケーラビリティのある定置型蓄電システム「スマートバッテリ」を製品化した。スマートバッテリを活用し、電力系統の大規模電源や小規模な再生エネルギー電源と協調するスマートバッテリソリューションを提供する(図8)。

図9と表3は、蓄電容量を4.4kWhから22kWhまでカスタマイズ可能な家庭向けから産業向けに活用可能な小規模スマートバッテリの外観と仕様である。

まとめ

SCiBTMは、従来のリチウムイオン電池に比べて優れた長寿命性能、急速充電性能、高入出力特性、安全性を備えている。このことは、電池交換を考慮しない機器設計を可能にし、新たなEV販売モデルも提案可能となっている。再利用の仕組みを含めることで、電池の廃棄処理も全体として減らすことができ、二次電池の環境影響を減らすことができる。SCiBTMは、車載用途だけでなく、定置用蓄電池分野などで、非常用、電力系統安定化にも活用され、生活を変える重要な役割を担う進化型二次電池として様々な社会の場面に貢献していく。

参考文献

[1]日経ビジネス. “突破口は商用分野 EVが常識になる日”,
日経ビジネス1月30日号. p28-p32

[2] 宮本英則 他. 電気自動車用SCiBTM電池モジュール.
東芝レビュー Vol.63, No.2, 2011, p56-p59

[3] 門田行生 他. 電力の安定供給を実現する定置型蓄電池システム.
東芝レビュー Vol.66, No.12, 2011, p32-p35

【株式会社東芝 社会インフラシステム社】


2012年5月1日発行
EV最前線2012より転載