最前線コラム

EV・HEVの車両接近通報音評価とサウンドデザイン【ブリュエル・ケアー・ジャパン】

近年、広く普及が進んでいるEV・HEVは内燃エンジンを持たない、もしくは動作しないため、低車速域においてその騒音が大幅に減少している。交通騒音低減の観点からは望ましいと言える一方で、車外音が静かなため、近づいてくる車両に歩行者が気付きにくいという状況が生じている。特に視覚障害を持つ方々にとっては車両の発生音は重要な情報源となっている。このような背景から、エンジン音に代わって音情報を提示する車両接近通報音の必要性が論じられ、世界的に法規化の議論も活発化しているが、どのような音であるべきかを結論付けるのは容易ではない。

接近通報音のデザイン

一般的に接近通報音には、歩行者の認知性と周囲環境の受容性が求められる。また、車両を想起させる音色の必要性も議論されており、これらの条件を満たしつつ商品性も考慮した最良の音を決定する必要がある。
接近通報音の開発では、ヘッドホンなどを用いた評価がよく行われるが、最終的には実車両を用いた屋外での官能評価も必要となる。しかし、環境が絶えず変化する屋外で安定した評価条件を維持することは容易でなく、このような問題を解決できる評価ツールが必要とされている。
ブリュエル・ケアーでは、これまで車室内の音のデザインツールとしてNVHシミュレータ(図1)を提供してきたが、これを車外音シミュレータ(Exterior Sound Simulator:以下ESS、図2)として、車外音にも拡張した。ESSでは、音を聞く評価者を車外に置き(=歩行者)、接近通報音の再現やデザインを可能にする。

図1 NVHシミュレータ

図2 車外音シミュレータ 表示例(駐車場)

ESSの特徴

ESSの特徴として、次の3点が挙げられる。
(1)評価車両の走行状態に応じた接近通報音や発生音の再現
接近通報音は走行状態に応じて発生される必要がある。例えば、車速が上がるに従って音高も上がるなどの条件をESSでは自由に設定できる。NVHシミュレータをベースとしているため、通報音以外のタイヤ音、エンジン音、モータ音などの機械的な発生音も、実測をベースに再現できる。音の提示は、ヘッドホンはだけでなく、5.1chなどのサラウンドシステムでの再生も想定している。

(2)評価車両と歩行者の位置の動的定義と、相対位置に応じた音・風景の再現
ESSでは、道路や駐車場などのシナリオを選択し、加減速・駐車場の出入りなどの車両の走行パターンや、歩道・横断歩道などの評価者の歩行条件も任意に設定することができる。(図3)この時、歩行者に聞こえる車両音は、評価車両との相対的な位置に応じて動的に再現される。
また、音と完全に同期された歩行者の視野画像を提示する。音のみの再現では、ともすれば被験者が過度に音に集中し、実際よりも認知度が高くなってしまうことを避け、視覚情報により注意力が分散される状況を作り出すことで、現実により近い評価結果を得ることが期待できる。

(3)評価車両以外の通行車両の発生音や環境音の設定
接近通報音の聴取環境を大きく左右する、評価車以外の通行車両の発生音や環境音を制御、再生することができる。通行車両の種類や位置、速度などの走行パターンを詳細に定義できるだけでなく、環境音を自由に付加することも可能となっている。オン、オフの切り替えも瞬時にできるため、背景音の影響を検討することも容易である。

さらに、拡張的な使用法として、NVHシミュレータを適用した車室内乗員の受容性評価が考えられる。車室内にも伝搬する接近通報音を、乗員にとって不快な音ではないが、作動状況を把握できるだけの音量で聞き取れるようにデザインする必要がある。車外音だけでなく車内音の評価も並行して行うことで効率的な開発が可能となる。

図3 設定例(左)と実際のシナリオ画像(右)

ESS使用プロセス例

次に、ESSを活用した接近通報音の開発プロセスについて、例を挙げて説明する。接近通報音の開発プロセスを大きく3つの段階に分けて考える。
通報音開発の初期段階では、候補となる多くの音が用意される。この段階ですべての候補音の試験を実車走行で行うには、膨大な時間を必要とする。天候などに左右され試験環境が整わないだけでなく、被験者集団が評価地点間を移動するのも容易ではない。特に、視覚障害の方の移動の負担は大きい。このような観点からESSを使って一次的な絞り込みを行う。この段階では、ESSでの評価により、認知性の非常に低い音、受容性の範囲内に収まらない音を排除することができる。
その後、第2段階として、より認知性、受容性のバランスに優れた候補音をデザインする。官能評価試験により嗜好を把握し、実際にターゲットとなる通報音のシミュレーションを行う。候補音は自由に編集することができ、シナリオや環境音を変更して再度ターゲット音の官能評価試験を実施する。また、車内音への影響も検討する。
最終段階では、作成されたターゲット音を実車両に取り付けた装置で再生し、実環境での最終評価試験を行う。ESSで作成されたターゲット音をエクスポートして、車載システム SimSoundにロードすることで、車載での再生環境も実現する。SimSoundはCANバスから車両パラメータを受け取り、それに応じたターゲット音信号を出力する。車速をパラメータとする通報音だけでなく、エンジン回転に依存した通報音なども再生が可能となっており、より高度な通報音にも対応する。

終わりに

このように、ESSを活用することで評価、デザインの期間を短縮し、効率的で精度の良い開発を進めることが可能となる。
今後、接近通報音に対する法規化が進み、基本的な指針が近く示されるものと思われる。法規に則り、歩行者の安全を確保するだけでなく、周辺環境への影響を最小限とし、運転手にとって快適であり、なおかつブランドイメージを高めるような、非常に高度なサウンドデザインが求められる。EV・HEVの登場により低騒音化が一足飛びに進んだ結果、やはりサウンドデザインによる差別化は大きな競争要因となりうる。ブリュエル・ケアーのESSは、接近通報音の開発において非常に強力なツールであり、今後もそのニーズは増大していくと考えられる。

【スペクトリス株式会社】
ブリュエル・ケアー事業部 西村靖彦


2012年5月1日発行
EV・HEV最前線2012より転載